ミリアが赤い実をテーブルの上に並べた。

「まさか、それは……」

「ご朝食のリンゴでございますが、何か?」

 皮をむこうとするミリアからあわててひったくると、エレナはそのままかぶりついた。

 シャリシャリ、シャクシャク。

 ……そうよね……、ただのリンゴよね。

「まあ、なんでしょう。お行儀の悪いこと」

 母にたしなめられて、エレナは適当に言い繕った。

「以前、ミリアと食べたリンゴが渋くて酸っぱかったもので、味見を……。お父様とお母様にはおいしいものを召し上がっていただきたいので」

 それを聞いた父が笑う。

「ははは、親孝行な娘だな」

 親孝行?

 もしかして、これって、わたくしの特殊能力のおかげってことなのかしら?

 やっぱり天国と冥界が入れ替わったってことなのかしら?

「ねえ、ミリア」と、エレナは侍女に耳打ちした。「これってフラグ回収かしら?」

「はあ、旗……でございますか?」

「ううん、なんでもないわ」

 理解できないという表情でリンゴをむいている侍女に、彼女はもう一つたずねた。

「ねえ、ミリア」

「はい、何でしょう、お嬢様」

「夢オチって、物語の結末としては最低よね」

 何事ですか、と侍女が笑う。

「それは時と場合によるかと。読者はみな、展開は波瀾万丈でも、最後はハッピーエンドがお望みですからね」

 なら、全部詰め込んでもいいかしら。

「お嬢様、お紅茶をどうぞ」

 これは、とエレナは口をつけた。

 ……毒ではないようね。

「どうかなさいましたか?」

「ううん、とてもおいしいわ」

「それは何よりでございます」

 母が紅茶を味わいながらたずねる。

「さきほどから、どうしたのですか、エレナ。なんだか様子が変ですよ」

「私には、分かるぞ」と、父が明るい表情でウィンクする。「今日は王宮から王子様がお迎えにいらっしゃるから緊張しているのだろう」

 え?

 王子様?

 城門の方から高らかにラッパが鳴り響く。

「ほら、噂をすれば到着なさったようだぞ」

 父が立ち上がる。

 母に促されてエレナも後についていった。