ふかふかとした草原に爽やかな風が吹き抜けていく。

 ぽっかりと穴のように開いた池に白鳥が泳いでいる。

 澄んだ水の中をのぞき込んだエレナは思わず声を上げた。

「ミリア、見て!」

 池の中には闇の世界が広がっていた。

 まるで雲の上から地上を見下ろしているかのように、深い闇の底の様子が見える。

 獣に追い立てられる人や火山から流れ出した溶岩に飲み込まれる人、巨大な鯨に飲み込まれる人もいれば、お互いに倒れるまで殴り合う人たちもいる。

 あれは冥界の風景ではないか。

「天国と地獄が入れ替わったみたいですね」と、興味深そうにミリアものぞき込んでいる。

 どうやらそのようだった。

 その中には、見覚えのある人たちもいた。

「ねえ、あれは王宮にいた人たちじゃない?」

 ウェイン王子にカミラ、それにヒュームという老大臣もいる。

 彼らは毒蛇とサソリに囲まれて、次第に追い詰められているところだった。

「あちらはサンペール王家の人たちですよ」

 ミリアの指す方の人たちは縄で縛られ、黒いマントをまとった妖魔たちに槍でつつかれながら崖へと追いやられている。

 ミリアがつぶやく。

「せっかくお金で天国へ行けたのに、少しかわいそうですね」

 エレナはうなずいた。

「そうね。でも、神様はすべてをお見通しなのよ」

 エレナは彼らのために呪文を唱えた。

「フィアトルクス!」

 光あれ!

 池から差し込む光のまぶしさに彼らはみな目をしばたかせている。

 希望という名の光ほど虚しいものはない。

 冥界にいたエレナはそのことをよく分かっていた。

 池の畔でカエルが跳ねた。

「お嬢様、フラグは回収できましたか?」

 フラグ?

「お嬢様のお相手が『カエルでなければよい』とおっしゃっていたではありませんか」

「ああ、そのことですか」

 エレナの頬に笑みが浮かぶ。

「カエルの方がましだったかもしれませんね」

 草むらの中で黒い影が動いたような気がした。

 きっと気のせいだろう。

 空の虹を見上げて、エレナはまぶしそうに目を細めた。

 会いたい人がいる。

 フィアトルクス!

 光あれ!

 光ある限り、またどこかであの黒い小さな虫に会えそうな気がする。

 青空がまぶしいほど、地を這う影は濃くなるのだから。