クラクス王子の兄たちを毒殺して王国を乗っ取ろうという試みは、あえなく失敗したのだという。

「あのウェインという王子が曲者でした。私を誘惑して愛人になれと迫るやら、それを断ると逆にクラクス王子を追放しようとしたり、とても私ごときが思い通りに操れる相手ではなかったのでございます」

 どうやらミリアも地上で苦労していたようだ。

「それだけでなく、あの破廉恥王子は毎晩パーティーを開いて貴族の娘たちをとっかえひっかえ……」とミリアが頬を赤らめた。「その……やりたい放題だったんです」

 私にすら色目を使ってたくらいですものね。

「それで、遊び呆けて政治がおろそかになり、国が乱れました。挙げ句の果てに混乱に乗じて隣国から攻め込まれ、内通していた老大臣にも裏切られて……。私は王族の一員として捕らえられ、処刑され、こうして冥界に落とされたのでございます」

「では、ウェイン王子たちもここへ?」

「それが」と、ミリアは首を振った。「王家の者たちは財力で天国への切符を買ったのでございます」

 彼らなら、それくらいの図々しさなど恥とも思わなかったことだろう。

「自分たちの悪事はまるでなかったことにして、私だけ見捨てられてしまったというわけなのです」

 そしてミリアが頭を下げた。

「お嬢様、申し訳ございません。バッドエンドでした」

「バッドエンド?」

「ええ、なんとか回避しようともがいてはみたんですが、すみません。私には荷が重すぎました」

 いったいこの侍女は急に何を言い出すのだろうか。

「あなた、何をわけの分からない話をしているのですか?」

「分かっていないのはお嬢様の方でございますよ」と、ミリアがため息をつく。

「どういうことですか。あなたがこの世界の主役だったはずではないのですか。だからこそ、わたくしは冥界に突き落とされたのでは?」

「この物語の主役は最初からお嬢様だったではありませんか」

 なんですって!?

「いいえ、主役というよりは作者そのものでございます。私は忠実なる侍女として、ただその筋書きをなぞっただけでございます。しょせん私などは物語に登場する数多くの脇役の一人に過ぎませんから」

 はあ?

 どういうことなのよ?

「お嬢様、そろそろフィナーレにいたしましょう」

 フィナーレって……どういうことよ。

 そのとき、暗黒だった冥界に光が差し始めた。

「いったい、これは……」

 はじめはスポットライトのように二人の周りだけを照らしていた光は、次第に周囲へと広がっていき、青空が広がっていく。

 まるで雨上がりのように大きな虹がかかる。

 それは歩いて登っていけそうなほどくっきりとした虹だった。

「まあ、きれい」

 一面の花畑、青空を映す湖、実り豊かな小麦畑、小鳥たちのさえずる森。

 天使が塗り絵を楽しむかのように、色鮮やかな風景が広がっていく。

「お嬢様、あれを……」

 ミリアが指す丘の上には、見覚えのあるお城がそびえている。

「あれはお嬢様のお城ではありませんか」

 カラーン、カラーン、コロン、カラーン……。

 村の教会から穏やかな鐘の音が聞こえてくる。

 エレナはミリアに微笑みかけた。

「わたくしたち、お城に帰れるかもしれないわね」

「はい、お嬢様」

 エレナは大事な侍女の手を取って歩き出した。