と、そのときだった。

 足下で何かがぶつかったようだった。

 ちょっと、もう何なの?

 見下ろすと、エレナのドレスに幼い男の子がしがみついていた。

 まだよちよち歩きといった年頃で、口からよだれを垂らしながらエレナを見上げている。

「オネオネ」

 は?

 何、この子?

 邪魔なんだけど。

 それよりミリアはどこなの?

 どうしてドレスの汚れを教えなかったの。

 こんな恥をかかせておいて、ただでは済まないわよ!

「オネオネ」

 ああ、もう、どいて。

 こんな子供の相手をしている余裕なんかないのよ。

 エレナは片足を上げて幼児を振りほどいた。

 尻餅をついた男の子が泣き声を上げる。

 そのとたん、音楽がやみ、会場の空気が固まった。

 泣き声のする方に人々の視線が集中する。

 カミラが泣く幼児に手を差し伸べて抱き上げる。

「ああ、よしよし王子様、いかがいたしましたか」

 エレナは当惑しながらその様子を眺めていた。

 ちょっと、どういうことよ、王子様って……。

 王子っていうことは、わたくしの婚約者ってこと?

 こんな子供がわたくしの婚約者?

 カミラの豊満な胸に顔を埋めて泣き止んだのはどう見ても幼児だ。

 まるで事情が飲み込めないエレナは呆然と立ち尽くすばかりだった。

「ぱふぱふぅ~」

 幼い男の子はカミラの胸を小さな手で撫でながら満足そうな笑みを浮かべて顔を押しつけている。

 まあ、なんていやらしいんでしょう。

 でも、子供なんだから、むしろ当たり前なのかしら。

 母親に甘えた記憶のないエレナにとってはうらやましく思える姿でもあった。

 それにしても、なんだか納得いかないわね。

 婚約者であるわたくしよりも、こんな性格の悪い女の方がお気に入りなんて。

 そりゃあ、わたくしでは物足りないでしょうけど。

 エレナは自分の平らな胸に手を当てながら王子と呼ばれた男の子をにらみつけた。

 だいたい、こんな幼児が王子って、何よ。

 カエルよりはましだけど。

 いったいどうなってるのよ。

 何かの間違いじゃないの。

 集まってきた人々のざわめきがだんだんと大きくなる。

 カミラの取り巻きたちもわざとらしく非難の声を上げていた。

「王子様を蹴飛ばすなんて」

「なんて乱暴なんでしょう」

「本当に、信じられませんわ」