◇

 目を開けると、そこは暗闇だった。

 もう当たり前すぎて、驚きもしない。

 かたわらで寝息が聞こえる。

 手で探ると、頬から耳へ、そして汗ばんだ髪へと指がからむ。

 光あれ!

 呪文を唱えると、暗闇の中に小さな青い光がともった。

 エレナの指にサファイアが輝いている。

 まあ、これは……。

 妖魔に奪われていた指輪だ。

 どうしてこれが、ここに?

 理由は分からない。

 それに、サファイアだけが光っていて、まわりは闇に沈んだままだ。

 彼の姿も、自分自身ですらも見えない。

 なのにサファイアだけが輝いている。

「ルクス」

 呼んでも返事がない。

 女の愛撫にも男の反応はない。

 ただ安らかな寝息だけが闇をさまよっていく。

 起き上がったエレナは闇の中で服をまとってベッドを抜け出した。

 廊下に出ても、何の気配も感じられない。

 そうだ、ミルヒは?

 どれくらいの時が過ぎたのか。

 彼女は手探りで自分の寝室に戻った。

 ベッドには誰もいない。

 よじれたシーツにもぬくもりはない。

「ミルヒ、ミルヒ!」

 どこへ行ったの?

 エレナはキッチンへ下りてみた。

 いつもなら下手な鼻歌が聞こえてくるのに、今はドアがぴったりと閉じている。

 押し開けてのぞき込んでも暗いままだ。

 フィアトルクス!

 ほんの少しだけ明かりがともる。

 床に積もったほこりがカーペットのように白く浮かんで見える。

 誰の気配もない。

 かまどを見ても、鍋はなく、料理の匂いもしない。

 元から誰も調理などしていなかったかのように、かまどには灰すらも残っていなかった。

 サキュバスもいなくなるなんて……。