そんなとき、また寝言が聞こえてきた。

 ……エレナ……。

 もちろんルクスなのは分かっている。

 ただの寝言など放っておけばいい。

 あんな男には妖魔がお似合いなのですから。

 何が冥界の帝王ですか。

 だが、少し様子がおかしい。

 うぅ……エレナ……。

 何かにうなされているようだ。

 おぉ……エレナ……。

 あえぐような、もだえるような、苦しげなうなりも混ざっている。

 エレナはミルヒを残して自分の部屋を出た。

 暗闇の中からうめき声は確実に聞こえてくる。

「光あれ!」

 いつもの言葉を唱えても明るくならない。

 フィアトルクス!

 闇はどこまでも深いままだ。

 エレナは手探りで進むしかなかった。

 ただ、声のする方ははっきりと分かっていた。

 寝室のドアを開け、中に入る。

 ベッドの上で寝返りを打っているのか、シーツがさざ波のような音を立てている。

 手探りで進んでいると突然手をつかまれた。

「あっ!」

 逆らう間もなく抱きしめられる。

 ……エレナ……。

 な、何を……。

 思わず体が震え出す。

 彼の体が冷え切っていた。

 まるで氷の像に抱きしめられているかのようだった。

「いったい、どうしたのですか?」

「エレナ……」

 声をかけても返事をする余裕もないのか、ただ彼は暴力的にエレナを抱きしめるだけだった。

「しっかりしてください」

 あたためてやろうにも、こちらの方が凍えてしまう。

 しかも彼はエレナをきつく抱きしめて離そうとしない。

 闇の中で抱きしめられたままエレナは身動きがとれなかった。

「うぅ……エレナ……」

「しっかりなさって。どうしたのですか?」

 彼はうなり声を上げるだけだ。

「ルクス……しっかり、ルクス……」

 どうなってしまうというのですか。

 抱きつかれるままにエレナもまた彼をしっかりと抱きしめた。

 凍りついてもいい。

 彼を救えるのならどうなってもいい。

 わたくしにあたえられるものがあるとするなら、すべてを奪い去ればいい。

 衣服を剥ぎ取られ、密着した肌から体温を奪われ、それでもなお彼はエレナをむさぼり尽くそうとする。

「あぁ……エレナ……」

 いいのです。

 それが望みなら、わたくしはすべてを投げ出しましょう。

 ……それで、いいのです。

 エレナは祈りを唱えた。

 光あれ!

 それがどのようなものであれ、わたくしたちの行く末を照らすなら、冷酷な痛みも二人を結ぶ絆となるでしょう。

 彼女は光に刺し貫かれ、その瞬間、意識がはじけ飛んだ。

 闇に取り残されたのは行き場のない切ない想いだけだった。