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食事を終えると、男の子はおなかも膨れて安心したのか椅子に座ったままうとうと眠ってしまった。
「へえ、かわいいもんだね」と、サキュバスが抱き上げる。
男の子は深い胸の谷間に顔を埋めて満足そうな笑みを浮かべながら寝息を立てている。
いろいろ言いたいことはあったが、今はそれどころではなかった。
服を洗っておかなければならない。
妖魔に子守を任せてエレナは洗濯をしにいった。
キッチンの外に井戸がある。
桶を落として水をくむ。
城の召使いたちがやっている様子を見たことがあるからなんとなくやり方は知っていたつもりでも、いざ汲み上げようとすると重たくて、一杯汲むだけで疲れてしまった。
あたりは暗くて石けんのような物も見当たらない。
冥界の水は凍りつきそうなほどに冷たくて、すぐに手が真っ赤になってしびれてしまう。
なんとか洗ってはみたものの、今度はどこに干したらいいのか困ってしまった。
当たり前だが冥界に太陽など出ない。
暖炉に火をつけて乾かすしかないようだった。
ただ、エレナは心配していた。
男の子がおねしょをした布団を干そうとして火がついてしまったという話をしていたからだ。
火事を思い出させてしまってはかわいそうだ。
あの子が目覚めるまでに乾いていれば良いのですが。
でも、迷っている場合ではなかった。
自分の寝室の暖炉に火をつけ、椅子を引いてきて洗濯物を掛ける。
ついでに、汗をかいたベッドのシーツも持ってきて広げてみた。
暖炉の炎のおかげで真っ赤に膨れていた手も次第にほぐれてきた。
手をもみあわせながらエレナは侍女のことを考えていた。
ミリアもこんなことを毎日してくれていたのでしょうか。
わたくしは彼女の手など気にもしていませんでしたわね。
そして、エレナはもう一つ大切なことに気がついていた。
城のベッドに敷かれていた布団はいつも暖かかった。
どんなに寒い冬でも、寝床に入るとほかほかとしてエレナはすぐに眠れるのだった。
あれはミリアが毎晩こうして暖めておいてくれたからなのだろう。
おねしょばかりしているわたくしのために、そんなことまで気をつかっていてくれたなんて……。
そんなにもわたくしのために仕えてくれたミリアが、どうして……。
「どうしたの、ママ?」
え?
振り向くとそこには男の子が立っていた。
寝ぼけた目を手の甲でこすりながら首をかしげている。
「泣いてるの?」
気がつくと、エレナの頬には一筋の涙が流れていた。
彼女は指先で涙をぬぐって男の子を抱き寄せた。
「いいえ、大丈夫ですよ。いらっしゃいな」
「うん」
「僕ね、一人でおトイレに行ってきたよ」
「あら、暗くありませんでしたか?」
「怖かったけど、行けたよ」
エレナは男の子の背中をさすってやった。
「今度からいつでもママがトイレに連れて行ってあげますからね」
男の子はにこりと微笑むと、彼女の腕の中で安らかな寝息を立て始めた。
エレナは暖炉の前に座り込んで、しばらく男の子の頭をそっとなでてやっていた。
暖炉の炎が揺れる。
寝室の暗い壁に映る彼女の影も次第に揺れ始めた。
暖炉の炎に照らされて涙の乾いたエレナの寝顔には微笑みが浮かんでいた。