すると、そばでシャンパンのグラスに口をつけていた女性が胸を揺らしながら歩み寄ってきた。

「初めまして、わたくし、ファレル公爵家のカミラと申します。あなたは?」

「わ、わたくしはエレナ、シュクルテル伯爵家のエレナです」

 カミラと名乗った女はエレナのことを上から下までなめ回すように観察している。

「あなたは王宮は初めてですの?」

「ええ、とても華麗なところですね」

「それはもう、緑豊かな田舎のお城とはまるで違いますでしょうね」

 トゲのある言葉に言い返すこともできない。

 高慢なプライドなど、物陰に逃げ込んだ子犬のようにどこかへ行ってしまっていた。

 気がつくと、周りに人が集まってきていた。

 やはりみな明るい色柄のドレスをまとっている。

 その中にいる自分はまるで暗い井戸に沈んで溺れているように思えてしまう。

「お召し物、ものすごく、独特ですわね」

 カミラが言葉を選ぶようにつぶやくと、まわりの女性たちが次々に感想を重ねていく。

「そうですわね。とても、その……古典的というか」

「ええ、歴史とか、時代の重みを感じますわね」

「布地も重いようですけど」

 誰かの一言に失笑がこぼれる。

 カミラが軽く咳払いをしながら唇に人差し指を立てると、目配せをしあいながら、わざとらしくみなが黙り込む。

 あからさまな嘲笑に耐えながらエレナは侍女を探した。

 ちょっとどういうことなのよ。

 ミリアが良いと言うから着たんじゃないのよ。

 だから、嫌だと言ったのに。

 しかし、彼女はどこにもいなかった。

 肝心なときに主人のそばについていないなんて!

 まったくもう、役立たずの侍女なんだから。

「それより、変わった装飾ですのね」

 手にした扇でカミラがドレスの裾を指す。

 プリーツとリボン、それとも王室御用達のレースのことだろうか。

 みなの視線の先をたどったエレナの耳が熱くなる。

 ドレスの裾には、道端で吐いた汚物がこびりついているのだった。

 カミラが扇で口元を隠す。

「あら嫌だわ。さきほどから奇妙な香水の臭いが鼻につくと思っていたら、あなたでしたのね」

 受けたことのない侮辱に耐えかねてエレナは人の輪から逃げ出そうとした。