ふと気がつくと男の子が食事に手をつけずにしょんぼりとしている。

「あら、どうしたのですか。食べてていいのですよ」

「ママたちけんかしてるの?」

「いいえ、相談してるだけですよ」と言い訳したところで、子供には違いが分からないだろう。

「おうちでもママはけんかばかりしてたよ」

 エレナは無理に作り笑顔を向けて子供の頭をなでてやった。

「ごめんなさいね。心配しなくても大丈夫ですよ。ママはこのお姉ちゃんと仲良しですから」

 自分がママでサキュバスがお姉ちゃんというのは少し抵抗があったが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

 サキュバスがニヤけている。

「えー、うちらいつからそんな仲良しになったんだっけ」

「わたくしはあなたであなたはわたくしでしょう? ならば、最初から仲良しに決まっているではありませんか」

 一瞬ぽかんとした表情を見せてから妖魔がエレナに抱きついてくる。

「えへへ、あんたなかなかいいやつじゃん……って自分だけどぉ。気に入ったよ」

 正直、ただ言いつくろっただけだし、道化のような化粧の妖魔に抱きつかれるのは不快だったが、エレナは笑顔を崩さないように努力していた。

「さあ、お食事をしてしまいましょうね。冷めるともったいないですから」

「うん」

 安心したように頬をゆるめてシチューを食べる男の子を見ながらサキュバスがまた耳打ちしてきた。

「ていうかさ、その襲いかかってきた狼がこの子のママだったんじゃないの?」

 ま、まさか……そんな。

 自分の子供を食い殺そうなんて。

 人の罪はどこまで深いというのでしょうか。

 でも、ここは冥界だ。

 ありえないことではないだろう。

「なら、なおさら外に出すわけにはいきませんわ」

「でも帝王様はどうするのさ?」

「わたくしの部屋にかくまいます」

「モロバレじゃん」

「あなたも協力してくださいな」

「えー、どうしようっかなぁ……」

 ペロリと舌を出して何か悪いことを考えているようだ。

「あなたがルクスの気を引いてくれればいいではありませんか」

「やだあ、あたしに帝王様とずっとイチャイチャしろってえの? まあ、言われなくてもしちゃうけどぉ。でも、どうしよう、あたし、カラダが持たないかもぉ……」

 はいはいはい。

 また一人でなんかわけの分からないことをしゃべり始めている。

 エレナは右から左へと聞き流しながら男の子の食事を見守ってやっていた。