「ねえ、僕、おなかすいたってば」

 口をとがらせる男の子にサキュバスが微笑みかけた。

「まずはお着替えしてからだよ。おちっこそのままにしておくとクチャイからね」

「クチャイのやだ」

「だよね」と、顔を見合わせて二人で笑い合っている。

 お行儀が悪いのは困るけど、思ったよりも仲良くなったみたいでエレナはほっとしていた。

「着替えはどこかにありますか?」とたずねるとサキュバスが首をかしげた。

「子供の服はないから、洗ってる間なんか巻いておくしかないんじゃない」

「そうですか」

 エレナはキッチンを出てタオルを探しに行った。

 クローゼットの中から大きめのタオルを取ってきて戻ると、サキュバスと男の子はもうテーブルに並んでシチューを食べていた。

「おいしいね」

「でしょ。あたしが作ったんだもん」

 仲がいいのはかまわないが、二人とも食べ方がめちゃくちゃだ。

 肉は手づかみだし、皿に顔を近づけて犬のようにペロペロとなめたかと思えば、持ち上げてずるずるとすすり上げたりしている。

 獣のような、いや、獣以下のマナーに辟易してしまう。

 エレナは男の子に注意した。

「音を立てて食べてはいけませんよ」

「どうして、ママ?」

「音を立てて食べる人は嫌われてしまいます」

 しゅんとしてうつむきながら上目遣いにつぶやく。

「ママは僕のこと嫌い?」

「嫌いではありませんが、もっと好きになるために必要なことなのですよ」

「ごめんなさい」

「ちゃんとスプーンを使って食べましょうね」

「はーい」

「いいお返事ですね」

 サキュバスはエレナを無視して相変わらず下品な食べ方を続けている。

 クッチャクッチャとわざとらしく音も立てている。

 それにくらべると、男の子の方は言われたとおりにちゃんとおとなしく食べている。

「シチューはおいしい?」

「うん」

「ちょっとぉ、作ったのはあたしなんだけど」

「わたくしはあなた、あなたはわたくしでしょう。ならばいいではありませんか」

 ちぇえ、とサキュバスは不満そうだが、エレナはいつものお返しができて満足だった。

「おいしかった! もっと食べたーい」と、男の子が両手を挙げる。

「おっ、元気だねえ。はいはい、いっぱいあるからね」

 機嫌を直したサキュバスが男の子におかわりをよそいながら耳打ちする。

「この子、どうするの?」

「ここで暮らせませんか?」と、エレナも小声で返した。

「やめときなよ」

「どうしてですか?」

「帝王様に怒られるよ」

 やはりそうだろうか。

「怒られないうちに、食べ終わったら追い出さなくちゃ」

「追い出すなんて、そういうわけにはいきません」

「なんでよ?」

「助けてあげませんと。外に出たら獣に襲われてしまいます。さっきはたまたまわたくしが追い払いましたけど」

「しょうがないよ。そういうもんだから」

「だって、まだ子供ですよ」

「だからさ、子供だからって、なんでよ?」

「かわいそうではありませんか」

「歳とか関係ないじゃん。悪いことしたから冥界に堕ちてきたんだもん。あんただってそうじゃん」