エレナは子供をきつく抱きしめた。

「大丈夫。大丈夫ですよ。わたくしがギュッとしていれば、あなたは食べられたりしませんからね」

「ボク、食べられちゃうの?」

 かえって怖がらせてしまったらしい。

「大丈夫ですよ。わたくしが追い払ってあげます」

 子供の頭を包み込んで獣の遠吠えが聞こえなくなるようにエレナは抱きしめる腕に力を込めた。

「ママ、痛いよ」

「あら、ごめんなさいね」

 加減が分からないし、そもそも自分もこわいからついきつく抱きしめてしまったのだ。

 そもそもママではないのだけれど。

 少し力を緩めてやると、安心したように胸に顔を押しつけて男の子はようやく泣き止んだ。

「胸がなくてごめんなさいね」と、思っただけのつもりが、つい声に出してつぶやいてしまった。

 男の子が細い腕でエレナに抱きついてくる。

「ママはおっぱい大きかったけど、ギュッてしてくれなかったよ」

 それはかわいそうに……。

 そういえば、あなたのママはどうしたのですか、とたずねそうになって、エレナはその言葉を飲み込んだ。

 一人でこの冥界に堕ちてきたのだ。

 元々家族に愛されていたのなら、天に召されていたはずで、こんなところにはいないのだろう。

 つまりそれがこの子の運命だということなのだ。

 だからといって、獣に食われてしまえばいいなんてことはないはずだ。

 男の子を屋敷へ連れて行こうとした、そのときだった。

 ガウッ、ガウワウッ!

 急に闇の中からぼんやりとした光が浮かび上がる。

 すぐ近くに狼のような姿をした獣が現れた。

 背中が丸く体は細いが、足の爪と口から飛び出した二本の牙が鋭い。

 うつろな目で二人を見つめながらよだれを垂らしてうなり続けている。

 エレナは子供を後ろに隠しながら静かに立ち上がった。

 ガウッ、グルゥゥゥウ!

 獣はじっと視線を合わせたまま前足で地面を引っ掻いている。

 後ずさりしようとすると、獣の体が跳ねそうになった。

 エレナはとっさに腕を上げて獣の目をにらみつけた。

 一瞬ひるんだような目を見せて獣がまた間合いを保ったまま地面を引っ掻き始めた。

 男の子はエレナの右脚にしがみついてブルブルと震えている。

 逃げようとしても、飛びかかられたら終わりだ。

 とはいえ、いつまでもにらみ合っていても、どうにもならない。