伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました

 と、そのときだった。

 エレナの声に紛れるように、人の泣き声が聞こえてきたような気がした。

 彼女は口を閉じて、耳をそばだてた。

 ……えーん……、……えーん……。

 聞こえる。

 間違いない。

 子供の泣き声だ。

 エレナは声の聞こえてくる方に向かって歩き出した。

 駆けつけてやりたくても、暗闇の中で走れないし、どこにいるのか分からない。

 それに野獣に出くわしてしまうかもしれない。

 それでも、エレナは気持ちを奮い立たせながら声の主を探し歩いた。

「誰か、いますか?」

 返事はない。

 だが、泣き声は確かに聞こえる。

「どなたかいるのですか? どこですか?」

 ……えーん、えーん……。

 ウォオオオオン!

 また獣の遠吠えが聞こえた。

 嫌な予感がする。

 子供の泣き声を聞きつけて襲おうとしているのではないか。

 自分が襲われる心配をしているどころではなかった。

 急がなければ。

 ……えーん……。

 野獣の鳴き声に混ざって子供の泣き声が聞こえる。

「どこにいるのですか? わたくしの声は聞こえますか?」

 ……ごめんなさい……。

 かなり近いところで聞こえたようだ。

「大丈夫ですか。助けに来ましたよ」

 ……うえーん、ごめんなさい……。

「どうしてあやまっているのですか? 大丈夫ですよ」

 と、手探りで進んでいると、足に何かがぶつかった。

 ただ、それは暗闇に沈んでいて姿が見えない。

 自分の姿は光っているのに、相手の姿は照らされないようだし、相手にもこちらは見えていないようだった。

「いるのですか?」

「うん」

 エレナはしゃがみ込んでそこにいる何かを手でなでた。

 子供の顔のようだ。

 涙と鼻水でグショグショだ。

「いいですか? わたくしと同じ言葉を唱えるのですよ。『フィアトルクス』。言ってごらんなさい」

「フィルトクス?」

「フィアト、ルクス」と、一言ずつ区切って言い直してみる。

「フィアト、ルクス」

「そうです」

 すると、闇の中に子供の姿がぼんやりと浮かび上がった。

 小さな男の子だ。

 まだ三、四歳くらいだろうか。

「大丈夫ですか。怪我はありませんか? どこか痛くないですか?」

「ううん」と、泣きながら首を振っている。

 エレナは子供をそっと抱き寄せた。

「大丈夫ですよ。泣かなくてよいのですよ。よしよし……」

 と、語りかけてやったところで、子供はなかなか泣き止もうとしない。

 ウォオオオーン!

 獣もまだどこかにいるらしい。

「えぐっ、うわーん」

 ますます大声で泣いてしまう。

 これでは獣を呼び寄せているようなものだ。