◇
屋敷を出てみたところで、周囲は暗黒に包まれていて何も見えないし、どこにも行けない。
『光あれ』と唱えてみても、自分の手元が明るくなるだけで、やはりまわりの様子はまったく分からない。
エレナはこれまでも家の外の様子を見ようとしたことがあったが、いつもこんな調子であきらめていたのだった。
でも、今度ばかりはあの家にはいたくなかった。
あんな妖魔が自分の代わりに愛されるなんて納得できない。
手探りで暗闇の中を歩く。
ルクスが言っていたことを思い出す。
冥界には獣がいて、堕ちてきた罪人を食べる。
それが魂の浄化なのだと。
ならば、いっそのこと食われてしまった方がましだ。
自分も浄化してほしい。
もうこんなところにいたくはない。
しかし、そんな一時の激情を吹き飛ばすようなことが起きた。
ウオオオオォーン!
「な、何ですの?」
暗闇のどこからか獣の遠吠えが聞こえてくる。
ウオオオオォーン!
恐怖で思わず体が震え出す。
食われてしまえばいいなどと思っていた自分を呪いたくなる。
どこにいるのだろうか。
何が吠えているのだろうか。
オオカミか野犬か、はたまた見知らぬ魔物だろうか。
と、また暗闇から音が聞こえてきた。
ガリッ!
何の音ですか?
バキボキッ!
パクッ!
獣が獲物を食らう音だ。
骨を砕く音。
肉を引きちぎる音。
顔を天に向け、喉の奥へと肉を送り込んでいく音まで、まるで耳元で聞かされているようにくっきりと聞こえる。
そんな……。
すぐ近くだというのですか。
エレナは思わずルクスの助けを求めてしまった。
いつでもどこからでも駆けつけると言っていたはずだ。
なのに、ルクスは姿を見せない。
ルクス、お願いです。
わたくしが愚かでした。
助けに来て。
私を屋敷に連れ帰ってくださいな。
なのに彼は姿を現さない。
「ルクス! ルクス! わたくしはここです。お願いです。助けに来て!」
恐怖で声がかすれてしまうが、エレナは必死に彼を呼んだ。