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 夕暮れを迎えたころ、馬車が橋を渡った。

 侍女が声をかけた。

「都でございますよ、お嬢様」

 いつの間にか眠っていたエレナは青白い顔を上げると、窓から外の風景を眺めた。

 馬車は門をくぐり、王都に入る。

 そびえる教会の尖塔はまだかすかに残った夕日を反射して金色に輝き、広い街路の両側には壮麗な装飾が施されたお屋敷が建ち並んでいる。

 時折通り過ぎる横町も賑やかで、明かりのこぼれる食堂や酒場からは人々の笑い声や陽気な音楽が聞こえてくる。

 市場で買った品物を抱えて家路につく人々の表情はみな朗らかだ。

 やはり田舎貴族の城下町とは華やかさが違う。

 次々と移り変わる街の風景が、エレナの沈んだ気分を癒してくれるようだった。

 石畳のせいで馬車が小刻みに揺れても、むしろ心地よいリズムを奏でているようにすら感じられる。

「なんてすばらしいのでしょう」

 エレナは吐き気も忘れてすっかり魅了されていた。

 王宮に到着して車寄せに馬車が止まる。

 外から扉を開けた王室執事が恭しくエレナを迎え入れる。

「ようこそお越し下さいました。エレナ・エル・パトラ・シュクルテル様」

「丁重なお出迎え、ありがとうございます」

 馬車を降りたエレナに周囲の視線が集まる。

 彼女はそれに対して微笑みを振りまきながら応じた。

 王都であってもこのわたくしの美貌はやはり注目の的なのね。

 田舎から出てきたとはいえ、自分はやはり由緒ある伯爵家の娘なのだ。

 気後れなどすることはない。

 エレナはツンと鼻を上に向けながら一歩を踏み出した。

 臙脂色の制服に身を包んだ召使い達が大ホールへと続く赤い絨毯の両側に並び、エレナに頭を下げる。

 だが、何かがおかしい。

 どこからかクスクスと笑い声が聞こえるのだ。

 どういうこと?

 空耳よね。

 しかし、正面の扉が開かれ、中へ招き入れられた瞬間、違和感が確信に変わった。

 パーティー会場にいる人々の服装が自分とまるで違うのだ。

 貴公子達と談笑している貴族の娘達はみな、異国から伝来したのか、見たこともないような軽やかな布地でできたドレスを身にまとっている。

 言われなくても、これが流行のファッションであることはエレナにも分かった。

 とっさに胸元で手を合わせてみても、そんなことをしたところで、自分の古くさいドレスを隠すことなどできはしなかった。

 もはや楽団の奏でる舞踏の音楽すら耳に入らない。