伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました

 目を開けるとそこはまた闇の世界だった。

 もう何度目だろうか。

 分かっていることなのに、いまだに慣れない。

「気がついたか」

 闇の中で声がする。

 誰かの腕を枕にして眠っていたらしい。

「ルクス……ですか」

「そうだ」と、闇が返事をした。

 すぐ目の前にいるはずなのに、何も見えない。

 そういえば……気を失ったんだった。

 最後に見たものを思い出すと、体が震え、鳥肌が立つ。

 エレナは手で彼の顔をなでて確かめてみた。

 鼻、頬、耳、少し汗ばんで濡れている髪。

 彼は人の姿に戻っているようだ。

「何をしている?」

 エレナは答えずに彼の髪に指を通していた。

 ルクスも彼女のするにまかせて、それ以上何も言わなかった。

 今は明かりはいらない。

 顔を見られたくなかった。

「泣いているのか」

 ……言わなくていいのに。

 顔を隠したくて体をひねろうとして、自分がまだ服を着ていることに気がつく。

「俺の寝床に入り込んで何をしようとした?」

 エレナは答えなかった。

 答えられなくて黙っていた。

 何をしたかったのか、自分でも分からない。

 ただ、そばにいたかった。

 一緒にいたかった。

 触れ合っていたかった。

 ただそれだけなのに。

 他に何があったというのだろうか。

 それをただ自分は知らないだけなのか。

 心の奥に冷たい滴がぽたりと垂れて波紋を広げる。

 もう体の火照りもなく、心は冷え切っていた。

 エレナは闇の中でそっと涙をぬぐうと、ゆっくりと身を起こしながら、『光あれ』と唱えた。

 ベッドに横たわったルクスの姿があらわになる。

 薄い毛布から出た裸体の上半身は間違いなく人の姿だった。

 エレナはベッドの上に転がる枕を持ち上げて、思いっきりルクスにたたきつけた。

「何をする」

 男が冷静に枕を払いのける。

 エレナはその枕をもう一度取り上げて、またたたきつけ、そしてそれに体重をかけてルクスにのしかかった。

「何をしている」

 両腕で枕ごとエレナを押しのけると、今度はルクスがエレナの上にのしかかって押さえつけた。

「どうした? 何を怒っている?」

「怒ってなどいません」

 ルクスが鼻で笑う。

「そうか。ならいい」

 ちっとも良くない。

「どんな夢を見ていたのですか?」

「夢? 俺は夢など見ない」と、ルクスの力がゆるむ。

「でも、寝言を言っていたではありませんか」

「寝言など言わんぞ。俺は寝ない。冥界の帝王だからな」

 またそれだ。

 そのくせ、あんな妖魔にたぶらかされて……。

 もう、話にもならない。

 こんな男と話などしたくもない。

 エレナはルクスを手で押しのけてベッドの上に起き上がった。

「あのおかしな妖魔とお楽しみになっていればいいでしょうよ。失礼します」

「待て」と手をつかまれる。「妖魔とは何だ?」

「あなたの大好きなわたくしのことです!」

 背中にルクスの笑い声を残してエレナは部屋を出た。