「そんなにこわがることないじゃん」

 サキュバスが肩に腕を回してくる。

「気持ちいいことなんだからさ」

 耳たぶをなめられて思わずエレナは肘でサキュバスを払いのけてしまった。

 それでも相手はめげずに抱きついてくる。

「本当はしたいくせに」

「な、何をですか?」

「知りたい?」

「い、いいえ」

 エレナは慎重に言葉を選んだ。

 また何か弱みを握られてはかなわない。

 それを狙っているのか、サキュバスのからかいもますますエスカレートしていく。

「あたしが教えてあげよっか」

「いえ、結構です」

「我慢してないでさ。どうせあんたも帝王様にかわいがってもらいたいんでしょ」

 そうなってもいいとは思うし、そうなるしかない運命なのだろうけど、こういう罠にはまってすることではないはずだ。

 ルクスだってそう言っていたではないか。

 サキュバスが調理台の上に転がる赤い実をつかんで、見せつけるようにボリボリとむさぼり食う。

「あんたもどう? たくさん食べればどんどんどんどんあたしみたいなナイスバディになれるわよ」

 どうやらこの木の実にはそういう作用もあるらしい。

 エレナはサキュバスの体つきを眺めながら、あふれ出てきそうな淫靡な欲望を必死に押さえ込んでいた。

「この真っ赤な木の実の効果ってすごいんだよ。あたしずっと食べまくってるから、バインバインにはじけちゃって、服とか胸とお尻がきつくて困っちゃうのよね」

 自分には関係のない悩みだ。

「あんたはいいわよねぇー」

「なんでですか?」

「ポロリするほど胸ないじゃん。アハハハハ」

 さすがにカチンときて、エレナは奥歯をギリギリとかみしめた。

 出て行きなさいと言いたいところだけれど、そもそもここは自分の城ではないのだ。

 行き場のない怒りの気持ちが体のうずきをますます増幅させていく。

 胸ははじけなくても、顔が熱くてはじけてしまいそうだ。

 少し横になって休んだ方がいいかもしれない。

「お、おいしいお料理をごちそうさまでした」

 席を立って、自分の寝室に戻ろうとしたときだった。

 キッチンの出口にはルクスが立っていた。

「あ、おかえ……」

 エレナを横から突き飛ばしてサキュバスが駆け寄る。

「やだあ、帝王様ぁ。お帰りだったんですかぁ」

「ああ、今戻った」

 サキュバスがルクスに抱きついて黒光りするマントに潜り込む。

「帝王様わぁ、熟したのと青いのどっちがお好み? ていうか、あたし? やだぁ、もう」

 ルクスがサキュバスの手を取って、口づける。

「指輪が似合うではないか」

「でしょぉ。こんな素敵なもんプレゼントしてくれるなんて、やっぱり帝王様ってチョーイケメン、あたしマジ感謝」

 ちょっと、それはわたくしのですよ。

「ふさわしき者にこそ、ふさわしき物を。おまえの指にあってこその宝石だ」

「ですよねぇ」

 なにが『ですよね』ですか。

 人の物をだまし取っておいて。

 二人のやりとりを見ているとイライラしてきてしまう。