前のめりだったサキュバスが急に顔を引っ込めた。

「なんかぁ、こっちが頼んでんのに信じてくんないのって寂しいよね」

 そうやって情に訴えられてしまうと弱い。

 エレナは指輪を外して差し出した。

「では、少しだけですよ。つけたら返してくださいな」

「えへへ、やったぁ!」

 喜んで指にはめようとしているけど、太くてなかなか入らないようだ。

 シチューとよだれでベトベトの指に無理矢理押し込んで見せつけてくる。

「どう? どう、どう、どうよ?」

「ええ、まあ、素敵ですわよ」と、顔をしかめながらエレナは答えた。

「でしょ、でしょ。なんかあたしにチョー似合うって言うか、だってあたしはあんただし、あんたはあたしなんだから似合うの当たり前だって」

 お世辞のつもりだったし、とても当たり前には思えない。

「もう、いいでしょう。返してくださいな」

「やだ」とサキュバスは一言言い捨てて手を引っ込めた。

 はあ……。

 約束が違うではありませんか。

「やっぱりだましたのですね」

「べつにだましてなんかないし。あたし、よこせとは言ったけど、返すなんて一言も言ってないじゃん」

「そんな……」

 確かにその通りだ。

 だがもちろん、納得いくはずがない。

「あなたを信じたわたくしが愚かでした」

 エレナの言葉にサキュバスは嘲笑で答える。

「そう。やっと分かった? あんたはお馬鹿さんなの」

「なら、あなたもですわね」

「なんでよ?」

「だって、わたくしがあなたなら、あなたはわたくしなのでしょう? わたくしが愚かなら、あなたも愚かではありませんか」

「えーなんで? あんたが馬鹿であたしがカバで? 何言ってんの? 馬鹿なの?」

 話の通じない相手を相手にするのは疲れる。

 ため息をついたそのときだった。

 なんだろう。

 体が変だ。

 お酒を飲んだように体が火照り始めていた。

 下半身からなんともいえない感覚がわきおこり、心臓の鼓動に合わせて、服を脱いでしまいたくなるような衝動が突き上げる。

 何だろう、この不思議な感覚は……。

「あらぁ、なんか顔が赤くなってるじゃん」とサキュバスが顔を近づけてくる。

「え、ええ、なんだか体の中が不思議な感じです」

「いやらしいことやりたくなってきたでしょ」

 耳元でささやかれて、動揺を隠しながらエレナはたずねた。

「ど、どういうことですか」

 サキュバスがペロリと唇をなめ回す。

 ま、まさか……。

「お料理にあの木の実を使ったのですね」

「うん、そう。おいしかったでしょ」

 あのシチューはあの赤い木の実で煮込んだものだったのだ。

 だからあんなに甘みとコクのあるシチューに仕上がっていたのか。

 エレナは自分の腕で自分を堅く抱きしめた。

 そうしていないと服を脱いでしまいたくなる衝動に駆られるのだ。