シチューのついた指をベロベロとなめ回してからサキュバスがエレナの手をその汚い指でさした。

「あんた、なんかいいもんつけてるじゃん」

 ルクスに取り戻してもらった指輪のことだ。

「あたしにちょうだいよ。あたしの方が似合うって」

「いやです。これはルクスが取り戻してくれた大切な母の形見ですから」

「ルクスって誰よ」

「あの人のことです」

「だから、あの人って誰よ」

「この館の主、冥界の帝王です」

「ハア? 何それ。どういうことよ。どうしてあんたがそんなあだ名をつけちゃうわけ? 生意気じゃん」

「あだ名ではありません。あの人が好きな名で呼べというので、わたくしが名付けました」

「キィーッ! 何よ、それ、チョーずるいじゃん。あたしにはそんなことさせてくれなかったのに! なんであんただけそんなことしちゃうわけ? あたしに内緒でそんな名前で呼んでたなんて許せないんだけど。プンスカ!」

「あなたもあの御方をよく知っているのですか?」

「知ってるも何も、あたしとしょっちゅうイイコトしてるし」

 いいこととは何のことだろうか。

 話の内容が頭に入ってこない。

「ねえねえ聞いてよ」と、サキュバスが立ち上がってテーブルの向かい側からこちらへ回ってくる。「帝王様ってすごいのよ。あたしなんかもうね、腰がガクガクしちゃって起き上がれないくらいなのよ。なのに帝王様ってば、終わったらすぐに立っちゃうんだもん……って、あら、やだ、下ネタじゃないのよ。もっとイチャイチャしていたいのに、すぐに立ってあたしをおいてどっか行っちゃうっていう意味よ」

 さっきからこの妖魔は興奮しながら一人で何を言ってるのだろうか。

 意味不明な内容がエレナの耳を通り抜けていくだけだった。

「まあ、ほら、あたし、料理は得意じゃない? だから、帝王様もあたしにメロメロっていうかぁ。胃袋をつかむってやつ? お料理でガッチリ男をつかんで、あらやだ、つかむのはアソコだけど……。アソコってもちろんハートのことだけどぉ、ゲラゲラ。ついでにナイスバディなあたしも食べていいのよ、なんちゃってね」

 なんだろう、殺意がわいてくる話し方だ。

「それなのに何よ、この泥棒猫! あたしに内緒で帝王様に名前を付けるなんて、チョームカチュク……て噛んじゃったし」

 エレナも思わず笑ってしまった。

 バツが悪そうにサキュバスがエレナをにらみつける。

「ま、いいや。許してやっから、その指輪よこしな」

 急に態度が変わると、やはりこわい。

「お断りします」と、内心のおびえを悟られないためにエレナは毅然と答えた。

「じゃあさ、あたしのナイスバディと交換でどう?」

 サキュバスはがらりと調子を変えて、腰を振りながら胸を突き出してくる。

 一瞬心が揺らぐ。

 そんな魔法があるなら、試してみてもいいかもしれない。

 だが、そうやって手に入れても何かズルのような気がしてしまう。

「い、いえ。やはり、お断りします」

「ちぇー、つまんないの。絶対あたしの方が似合うと思うんだけどな。かわいいから」

「いいえ、わたくしの方です」と、かぶせぎみに答える。

 やはりそこだけは譲れない。

 口をとがらせながらサキュバスが顔をのぞき込んでくる。

「ねえ、ちょっとでいいからさ。つけさせてよ」

「そんなこと言って、だまし取るつもりですね」

 地下牢で悪者たちにも奪われたのだ。

 いくらお人好しでも、二度も引っかからない。