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城館前の車寄せには四頭立ての四輪馬車が待ちかまえていた。
乗り込んですぐにエレナはクッションを抱き寄せた。
馬車は苦手だ。
すぐに酔ってしまう。
すました顔の侍女がねたましい。
「なんでミリアは平気なのよ」
「お嬢様が弱すぎるのでは」
言い返すこともできない。
王都までは全速力で、今から夕暮れまでほぼ一日かかる。
貴族の馬車とはいえ、揺れて跳ねるのは農夫の荷車と同じだ。
とてもではないが耐える自信はない。
エレナはじっと目を閉じて数字を数え始めた。
そうやっているといつもすぐに眠ってしまう。
酔わないようにするには、それが一番の方法なのだった。
しかし、今日に限っては、なぜか眠くならない。
王宮での振る舞い方が心配で、緊張しているからだろうか。
そもそも領地から出たことがないエレナにとって、王都という大都会自体が夢の世界だった。
期待と不安が入り交じって、目を閉じるとかえって余計な空想が浮かんできてしまう。
酔いはどんどんひどくなり、ついに吐き気をこらえることができなくなってしまった。
「と、止めてくださいな」
エレナの言葉に応じて、ミリアがすぐに御者に合図する。
停止した勢いで馬車から投げ出されるようにエレナは飛び出し、手をついて道端に吐いた。
体中から気持ちの悪い汗も吹き出してくる。
これじゃあ、まるでわたくしがガマガエルじゃないのよ。
エレナは『フラグ』という言葉を思い起こしながら荒い息を整えていた。
「お嬢様、お気を確かに」
えずくエレナの背中をミリアがさすってくれる。
ああ、もう、なんということなのかしら。
なんでわたくしだけ、このような目にあわなければならないのでしょうか。
街道を駆け抜けていく他の馬車が砂ぼこりを残して去っていく。
どこの貴族なのか、扉には紋章が描かれていた。
あの馬車も王宮へ行くのだろう。
みっともない姿を見られてしまった。
伯爵家の令嬢ともあろう自分がこんなことではいけない。
エレナはまっすぐに立ち上がって並木道の先を見つめた。
まだくらくらしていて視線が定まらない。
だが、こんなところにとどまっている場合ではなかった。
「お嬢様、時間がありません」
「ええ、もう大丈夫です。急ぎましょう」
ミリアに背中を支えられながら乗り込むとすぐに馬車が走り出す。
速度を上げたせいで、揺れがいっそう激しくなり、壁に頭をぶつけてしまった。
痛っったい!
気持ち悪いし、痛いし。
これなら、いっそのこと気絶する方がましだわ。
エレナはクッションに顔を押しつけながら、こみ上げてくる吐き気に耐えていた。