すると、鏡の中の妖魔が突然口をゆがめてまた両手を伸ばしてきた。

 ガッチリと肩をつかまれる。

「ま、顔がカワイイのは認めてやんよ」

 急に様子が変わって、エレナは恐怖を感じた。

 妖魔がいきなり鏡の中へ引きずり込もうとする。

「あんたのそのかわいいお顔をあたしによこしな。ナイスバディにあんたの顔が手に入ればあたしは理想の女になれるのよ」

「お、おやめなさい!」

 逃げようと背を向けたエレナの頬を妖魔が後ろからつかむ。

「フンッ、お上品なのも気に入らないねえ。顔を剥ぎ取ってやる」

 思わず肘で突き放そうとすると、顔がビリビリと音を立てて引きはがされそうになって、エレナは叫び声を上げながら振り向きざまに拳と肘で鏡を殴りつけた。

 バリン、ガシャンと派手な音を立てて鏡が砕け散る。

 そのとたん、強い力は消え去り、周囲はまた物音一つしない暗闇に覆われていた。

 かろうじて自分の周辺だけがぼんやりとした明かりに包まれている。

 床に散乱した破片を見つめながら、エレナは息を整えた。

 妖魔の姿はどこにもない。

 いったい、あれはなんだったのだろう。

「何をしている?」

 ヒャッ!

 背中から急に声をかけられて思わず無様な声を上げてしまった。

 もう、嫌。

 今度は何!?

 心臓が止まりそうで、振り向くこともできずに思わずエレナは泣き出してしまった。

「どうした、俺だ」

 それは聞き覚えのある落ち着いた低い声だった。

「安心しろ、俺だ」

 背後から包み込むように抱きしめてきたのは、人の姿をしたルクスだった。

「な、なんですか。お、驚かさないでください」

「そのつもりはなかったんだが」

 エレナはルクスと向かい合った。

「いつお帰りだったのですか」

「今だ。おまえが助けを求めていたのでな」

 地上に行っていたはずなのに、この部屋で起きた騒動を感じ取ったというのだろうか。

「わざわざわたくしのために戻ってきてくださったのですか」

「俺は冥界の帝王だからな。どこにいてもおまえの声は聞こえるし、いつでもすぐに戻ってこられる」

 ルクスの腕の中で落ち着きを取り戻したエレナはわびを述べた。

「す、すみません。鏡を割ってしまいました」

「かまわん。怪我はないか」

「ええ。大丈夫です」

「手を見せてみろ」

 言われるままに両手を差し出すと、ルクスは丹念に確かめてエレナの小指に口づけた。

「なっ何を……」

「血が出ているぞ」

 と、見ると、小指に細かな破片が刺さっていた。

 痛みはないがかすかに血がにじみ出している。

「た、たいしたことはありません」

「いいから見せてみろ」

 ルクスが破片を抜いてもう一度口づける。

 すると、すぐに血は止まり、傷口も塞がっていた。

 これも魔力なのだろうか。

 それに、王宮の牢獄ですりむいた傷口もきれいに治っていた。

「ありがとうございます」

「礼にはおよばん」