母の形見のドレスについた汚れをブラシで払ってクローゼットにしまい、メイド服に着替える。

 クローゼットの横に大きな姿見が置かれている。

 自分の姿を映してみようと歩み寄ったエレナは思わず声を上げてしまった。

「まあ、どういうことかしら?」

 鏡に映っていたのは、道化師のような奇妙な顔の女だった。

 顔を白く塗り、頬は紅をべったりと塗りつけ、下品な口をだらしなく開けて薄笑いを浮かべている。

 なんでこんな姿が鏡に映っているのだろうか。

 服装は同じメイド服なのに、顔だけがおかしい。

 わたくし、こんな顔じゃありませんわ。

 と、そのときだった。

「あんたに決まってんじゃん」

 鏡の中の妖魔がエレナを指さした。

「ち、違います」

 思わずエレナが首を振ると、妖魔がケケケッと声を上げて笑う。

「あたしはあんた。あんたはあたし。鏡に映ってるんだもん、あんたに決まってるじゃん」

「違います。あなたはわたくしではありません」

「えー、なになに? あたしの方がカワイイから? ま、そうだけど」

「何を言うのですか。わたくしの方が美しいに決まっています」

「やだ、この人、チョー自慢してんだけど。なんかムカツクんですけどぉ」

 それはこちらも同じだ。

 なんという下品な話し方だろう。

 まともに相手をしているとイライラしてしまう。

 エレナは鏡の前からどこうとした。

 すると、逃がすまいと鏡の中から手が伸びてきた。

「ちょっと、あんたどこ行くのよ」

 ヒッと悲鳴を上げて逃げようとしたエレナはメイド服の背中をつかまれてしまった。

「や、やめて! 離して!」

「べつに怖がることないじゃん。あたしはあんただって言ってんでしょ」

「そんなはずありません」

 振りほどこうとすると、「なんでよ」と力が弱まる。

 エレナは振り返って妖魔と向かい合った。

「私はそんな変な顔ではありませんし、言葉遣いも違います。あなたはとても下品で不快です」

「言うじゃーん。でも、まあ、たしかに体型も違うしぃ」と、鏡の中で妖魔が腰をくねらせる。「あたしバインバインのお色気たっぷりナイスバディだけど、あんたぺったんこだもんね」

 言われたとおりなので言い返せないのが悔しい。

 妖魔が腕で自分の胸を挟み込んで谷間を強調して見せつけてくる。

「まあ、でも帝王様はあたしみたいないい女の方がお気に入りだからべつにいいけど」

「お、お気に入りとはどういうことですか」

「だから、あんたみたいなつまんない女より、あたしみたいな抱き心地のいい女の方がかわいがられるってことよ」

「そ、そんなのわからないじゃありませんか」

「アハハ、ムリムリ。あんたじゃ無理だって。絶対あたしに決まってんじゃん」

「いいえ、わたくしの方です」

「なんでよ」

「わたくしの方が美しいからです」

 エレナは自信を持って断言した。

 体型はともかく、こんなへんな化粧の女に負けるはずがない。