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誰もいなくなって静まりかえったルクスの館でエレナは掃除道具を探してみたが、そんなものはどこにもなかった。
雑巾や箒くらいはあるかと思ったのに、どうしたものだろうか。
歩けば床にたまった埃が舞い、くしゃみが止まらなくなるし、ドレスの裾につく汚れも気になってしまう。
エレナは心の中で「箒よ、出ろ!」と唱えてみた。
光を望んだときは明かりがついたのに、今度は何も出てこなかった。
望んでも手に入らないものもあるのですね。
ため息しか出てこない。
それから屋敷の中をいろいろと探してはみたものの、明かりのない真っ暗なところも多くて、結局掃除用具は見つからなかった。
ただ、思わぬものも見つけていた。
エレナに用意された寝室のクローゼットを開けてみると、何着もの服が用意されているのだった。
洗練された夜会服に闇の世界には似合わない華やかな色合いの舞踏服から、散策向きの軽装もある。
どれもサイズもぴったりだ。
いつの間に採寸されたのだろうか。
王宮の牢屋でゴキブリ姿の彼をドレスに潜り込ませたときだろうか。
ルクスに撫で回されたような感覚がして身震いしてしまう。
思えば、胸の詰め物もとっくにお見通しなのだろう。
エレナは腰に手を当ててため息をついた。
そもそも、この闇の冥界ではこのような服を着る機会すらないではないか。
宝の持ち腐れというもので、ちっともうれしくなどない。
ただ、クローゼットにはメイド服もあった。
今のエレナにとっては、こちらの方がありがたかった。
不意に、子供の頃のことが思い出される。
十年くらい前だったろうか、遊びでミリアと服を交換したことがあった。
その頃すでに成長していたミリアのメイド服は、エレナには胸のところがだぶだぶで、逆にミリアはエレナのドレスがきつくて腕が上がらないと困惑していたのが懐かしい。
そうやって服を交換すると、自然に立場も入れ替わったような気がして、お互いになりきって演じる遊びも楽しかった。
エレナが床に雑巾がけをしていると、頭上で高笑いが聞こえたものだ。
『もっと丁寧になさいな、エレナ。埃がたまっていますわよ』
『はい、ミリアお嬢様』
意地悪な伯爵令嬢になりきったときのミリアの演技は見事な物だった。
『下手くそねえ。やりなおしなさいな』
『ちょっと、ミリア、わたくし、そんなに意地悪じゃなくってよ』
『口答えをするのですか。おまえはクビです。出ておいきなさい』
あの時は演技とは分かっていても、悲しくて涙が出そうになってしまったものだ。
でもおかげで、自分がミリアにずいぶん頼っていたことも自覚できたし、甘やかせてもらっていたことに感謝をしたものだった。
皮肉屋で、ときには悪ノリもする侍女とそんな遊びをしたのも、今となってはいい思い出だ。
でも、そういった幸せだった時間がすべて嘘偽りでしかなかったとは全く気がつかなかった。
ミリアはそんなにわたくしを恨んでいたのでしょうか。
あんなに優しかったのに。
どちらが本当のミリアだったのでしょうか。
エレナはもう会うことのない彼女の幸せを祈った。