「俺がおまえにしてやれることがもう一つある」

「なんですの?」

 エレナは全く期待せずにたずねた。

 今度は何の能力というのだろうか。

 せめて、力持ちになれるとか、もっと周囲を明るくできるとか、役に立つ能力だといいのだけれど。

「能力ではない」と、心を見通したようにルクスがつぶやいた。「おまえの父とミリアとの間にあったことだ」

 父のこと!?

「何か知っているのですか? いったい、何があったというのですか。父は本当に卑劣な裏切り者なのですか?」

 ルクスは立ち上がってエレナに手を差し伸べた。

 その手を取って立ち上がると、ルクスが歩き出す。

 エレナも歩調を合わせてついていった。

「おまえがミリアという女から聞いたとおり、サンペール王国が民衆に重税を課そうとしたこと。そして、それに対してラベッラ公爵が異議を唱えたことまでは事実だ」

「父も公爵に同調したそうですね」

「そうだ。おまえの父も民衆を苦しめる政策には賛成できなかった」

「では、なぜ裏切りなど」

「サンペール国王が諸侯を軟禁して無理矢理賛成させようとしたときに、公爵と伯爵は共にその陰謀を察知して王宮へは行かなかった。そこまでは順調だった」

 ルクスが歩く先は、ランプを持って夜道を歩くようにほんの少しだけ光が差して、周囲の光景がぼんやりと浮かび上がって見える。

 ごつごつした道の両側は岩が転がる荒野だった。

 エレナはわずかな視界に入る荒涼とした風景を眺めながらルクスの話に耳を傾けていた。

「しかし、公爵が行動を起こそうとしたときに間違いが起きた。公爵は伯爵家へ決起の使者をつかわしたのだが、それが途中で捕らえられてしまったのだ。連絡を待っていた伯爵は動けなかった。それで公爵は単独で王家と戦うことになり、あえなく戦死。伯爵も時機を逃して孤立してしまった」

「そうだったのですか」

「公爵家は滅亡、伯爵もサンペール王国に残ることはできずに、隣国のルミネオン王国に助けを求めたというわけだ」

 エレナはため息をついた。

「真相はそうであっても、お父様がラベッラ公爵に味方しなかったのは事実なのですから、卑怯者と呼ばれても仕方がないのかもしれませんね。特にミリアにとっては親を裏切った仇のようなものでしょう」

 汚名をかぶらなければならなかった父の立場を思うと胸が痛む。

 ルクスがエレナの肩に手を回してクッと引き寄せた。

 その優しさを彼女は素直に受け入れた。

「だが、話には裏がある」

「裏……ですか?」

「公爵からの使者をとらえて妨害したのはルミネオン王家だ」

「なんですって」

「両王家は裏でつながっていたのさ。ルミネオン王家はシュクルテル伯爵家に恩を売ることができ、サンペール王国はラベッラ公爵領を没収することができる。本来ならサンペールの混乱に乗じてルミネオンが戦争を仕掛けてもよかったわけだが、裏で手を握り合って家臣を犠牲にしたというわけだ」

「本当の悪者は両方の王家だったのですね」

 ルクスが優しくうなずく。

「おまえの父は裏切り者でも卑怯者でもない。実直で人が良すぎたのだ」

 そういうことだったのか。

 エレナは納得していた。

 お父様は裏切り者ではなかったのだ。

 ならばおそらく天国でお母様と一緒に仲良く暮らしていることだろう。

 それが分かっただけでも心が安らぐような気がした。