ミリアがおもむろに視線をそらして窓から差し込む光を見つめた。
目を細めながらつぶやく。
「あなたに知らせておくことがあります。さきほど、伯爵家より早馬が来たそうです」
「お城から? なんですの?」
「伯爵が亡くなったそうですよ」
「なんですって!」
エレナは床に崩れ落ちた。
ああ、お許し下さい、お父様。
せめて枕元でご挨拶をしたかったのに。
お別れも言えずに……。
「まあ、あの様子では、時間の問題だったでしょうね」と、ミリアが淡々としゃべり続ける。「少し時計を進めただけのこと」
死を早める……。
ミリア、あなたまさか!
「お父様に毒を!?」
なんて恐ろしいことを。
「違いますよ」と、ミリアは表情を変えずに言った。「私はただ枕元に毒草茶を置いただけ。飲ませたのは親孝行のあなた」
「なっ」
エレナは絶句したまま言い返す言葉も見つからなかった。
確かに飲ませていたのは自分だ。
薬だと思って、良かれと思って、お茶を口に含ませてあげていたのだ。
黙り込んだエレナに侮蔑的な笑いが浴びせられる。
「そうよ、あんたが勝手に飲ませたんでしょうよ。あんたが自分の父親を殺したのよ。おめでたい人ね。私が育てた愚かな女。このまま地獄に落ちなさいな」
エレナは毅然と言い返した。
「それはあなたも同罪でしょう。このような企み、天はお見通しですよ」
「お黙りなさい!」と、ミリアが怒鳴りつけた。「この世界の筋書きを作るのはこの私なのです。今のあなたは伯爵令嬢なんかじゃなくて、悪役令嬢! 悪役として没落する運命を背負わされた登場人物の一人にすぎないのよ」
悪役?
このわたくしが?
狼狽するエレナの表情を見て、満足そうにミリアは笑みを浮かべた。
「それが私が考えたこの物語の筋書きというわけよ。あなたはみすぼらしく哀れな悪役として地獄へ落ち、私には家名を再興した聖女として読者がみな拍手喝采を贈る。復讐と家名再興の一石二鳥。これでこの物語はハッピーエンド。この私を主人公にした小説をみなが夢中になって読むことでしょう。あなたにお礼を言うわ。私の物語を完結させてくれてありがとう」
エレナはミリアの高笑いに屈するしかなかった。
筋書き通りと言っていたのは、このことだったのか。
しかし、彼女の心には憎しみはわいてこなかった。
ぽっかりと穴が開いた心に広がっていくのは冷たい寂しさだった。
今までのなにげない日常の風景が心の中に去来する。
「わたくしはあなたを本当に姉のように思っていたのに」と、エレナは素直な思いを口に出した。
「自分で何もできないから私にやらせていただけでしょう。利用していただけの関係を今さら言い繕うのはみっともないですよ」
ふっとため息まじりの笑みを浮かべながら、ミリアが続けた。
「もっともそれは私の方でも同じですけどね。復讐のためにおまえの信頼を利用していたのですから」
黙り込むエレナに、ミリアがいらだちの表情を見せた。
「何よ、少しはわめいたらどうなの。悪役らしく呪いの言葉でも浴びせたらいいじゃない。それでこそ悪役令嬢というものでしょう」
エレナは微笑みを浮かべながら穏やかな口調で答えた。
「いいえ、慈悲深いお母様の名にかけても悪態などつきませんわ。それよりもわがままなわたくしを今まで世話してくれてありがとう。心からお礼を申しますわ」
その言葉は嫌味や強がりではなかった。
これまでの生活のすべてが嘘偽りだったとは思えなかった。
いくらかでも、そこに心があったのなら、それは否定したくなかったのだった。
目を細めながらつぶやく。
「あなたに知らせておくことがあります。さきほど、伯爵家より早馬が来たそうです」
「お城から? なんですの?」
「伯爵が亡くなったそうですよ」
「なんですって!」
エレナは床に崩れ落ちた。
ああ、お許し下さい、お父様。
せめて枕元でご挨拶をしたかったのに。
お別れも言えずに……。
「まあ、あの様子では、時間の問題だったでしょうね」と、ミリアが淡々としゃべり続ける。「少し時計を進めただけのこと」
死を早める……。
ミリア、あなたまさか!
「お父様に毒を!?」
なんて恐ろしいことを。
「違いますよ」と、ミリアは表情を変えずに言った。「私はただ枕元に毒草茶を置いただけ。飲ませたのは親孝行のあなた」
「なっ」
エレナは絶句したまま言い返す言葉も見つからなかった。
確かに飲ませていたのは自分だ。
薬だと思って、良かれと思って、お茶を口に含ませてあげていたのだ。
黙り込んだエレナに侮蔑的な笑いが浴びせられる。
「そうよ、あんたが勝手に飲ませたんでしょうよ。あんたが自分の父親を殺したのよ。おめでたい人ね。私が育てた愚かな女。このまま地獄に落ちなさいな」
エレナは毅然と言い返した。
「それはあなたも同罪でしょう。このような企み、天はお見通しですよ」
「お黙りなさい!」と、ミリアが怒鳴りつけた。「この世界の筋書きを作るのはこの私なのです。今のあなたは伯爵令嬢なんかじゃなくて、悪役令嬢! 悪役として没落する運命を背負わされた登場人物の一人にすぎないのよ」
悪役?
このわたくしが?
狼狽するエレナの表情を見て、満足そうにミリアは笑みを浮かべた。
「それが私が考えたこの物語の筋書きというわけよ。あなたはみすぼらしく哀れな悪役として地獄へ落ち、私には家名を再興した聖女として読者がみな拍手喝采を贈る。復讐と家名再興の一石二鳥。これでこの物語はハッピーエンド。この私を主人公にした小説をみなが夢中になって読むことでしょう。あなたにお礼を言うわ。私の物語を完結させてくれてありがとう」
エレナはミリアの高笑いに屈するしかなかった。
筋書き通りと言っていたのは、このことだったのか。
しかし、彼女の心には憎しみはわいてこなかった。
ぽっかりと穴が開いた心に広がっていくのは冷たい寂しさだった。
今までのなにげない日常の風景が心の中に去来する。
「わたくしはあなたを本当に姉のように思っていたのに」と、エレナは素直な思いを口に出した。
「自分で何もできないから私にやらせていただけでしょう。利用していただけの関係を今さら言い繕うのはみっともないですよ」
ふっとため息まじりの笑みを浮かべながら、ミリアが続けた。
「もっともそれは私の方でも同じですけどね。復讐のためにおまえの信頼を利用していたのですから」
黙り込むエレナに、ミリアがいらだちの表情を見せた。
「何よ、少しはわめいたらどうなの。悪役らしく呪いの言葉でも浴びせたらいいじゃない。それでこそ悪役令嬢というものでしょう」
エレナは微笑みを浮かべながら穏やかな口調で答えた。
「いいえ、慈悲深いお母様の名にかけても悪態などつきませんわ。それよりもわがままなわたくしを今まで世話してくれてありがとう。心からお礼を申しますわ」
その言葉は嫌味や強がりではなかった。
これまでの生活のすべてが嘘偽りだったとは思えなかった。
いくらかでも、そこに心があったのなら、それは否定したくなかったのだった。