「は、はなしてください」

 エレナは王子の手を振りほどいて駆け出した。

「その女を捕まえろ!」

 王子が命じると衛兵達が一斉に後を追う。

 ぶつかったテーブルから落ちた皿やグラスが割れて派手な音を立てる。

「キャー!」

「何事ですの!?」

 悲鳴が上がり、巻きこまれるのはごめんと人々が後ずさってエレナの前に道ができる。

 ミリア!

 ねえ、ミリアはどこなの?

 ここからわたくしを連れだしてくださいな。

 エレナは必死に侍女をさがしながらホールを駆け抜けた。

 正面階段まで来て見上げると、踊り場にミリアが立っていた。

「ミリア、こんなところにいたのですか」

 本当に役に立たない侍女なんだから。

 あなたのせいでわたくしがこのような目にあっているのですからね。

 エレナは階段を駆け上がってエレナの陰に隠れようとした。

 すると、ミリアはエレナの腕をつかんで後ろ手にひねった。

「ちょっと、あなた、何をするのですか」

 呆然とするエレナに侍女が言い放った。

「おとなしくした方が身のためですよ。お嬢様は罪人でございます」

「それが主人に対して言うことですか」

 フッと侍女の口元にゆがんだ笑みが浮かぶ。

「すべては筋書き通りでございますよ」

 筋書きって……。

 ミリア、あなたいったい……。

 しかし、問いつめようとしたときには、追いついた衛兵達に取り囲まれてしまっていた。

 その後ろから階段を上がってきたウェイン王子とヒューム大臣に向かってミリアがエレナを突き出した。

「おう、その方、お手柄じゃ。者共、引っ捕らえよ」と、老大臣が衛兵達に捕縛を命じた。

 ウェイン王子が口の端をゆがめながらエレナに侮蔑的な笑みを向けている。

「まったくとんでもないお転婆娘だな。クラクスのみならず僕にまで反逆するとは。死刑は免れないと覚悟しろよ」

 そんな!

「おそれながら」とミリアが王子に頭を下げて言上した。

「なんだ。その方、見れば侍女のようだが。手柄はほめてつかわすが、身分をわきまえよ」

「殿下に申し上げます。わたくしは今はたしかに侍女の身ではございますが、本来は貴族の血を引くものでございます」

 思いがけない告白に王子も興味を持ったようだった。

「ほう、名はなんと申すか」

「わたくしの本名はミリア・コンテ・デル・ラベッラ。かつてシュクルテル伯爵家の卑劣な陰謀によって滅ぼされたラベッラ公爵家の血を引く者でございます」

 よどみなく堂々とした声が大ホールに響き渡る。

 エレナは呆気にとられてその残響を聞いていた。