「べつに悪いことじゃないさ。自由な恋愛は上流階級の特権だろ。今宵ここに集まった者達もそういった大人の出会いを求めているわけなんだし」

 会場内のあちこちで親密に語り合う人々が急に淫靡な不倫カップルに見えてくる。

「そもそも、クラクスだって僕とは母親が違う弟だからね。父王には愛人が何人もいてね。クラクスの母親はたしか宮廷庭師の娘だったかな。王宮で働く父親に弁当を届けに来たその娘を気に入って召し上げたんだよ。オヤジはいつも気まぐれなんだ。それでまあ、遊びあきたら充分な手当を与えて家来に嫁がせてやれば後腐れなしってわけさ。ただの庭師の娘から貴族のはしくれになれたら、向こうも満足だろう」

 王子はエレナの腰に回した手を遠慮なく下げていく。

「こういうことだろ?」と、にやけた顔が近づいてくる。

 その瞬間、エレナの感情が爆発した。

 真っ白になった意識がはじけ飛ぶ。

 正気を取り返したときには、じんじんとした手のひらの痛みだけが残っていた。

「おやめください」

 かろうじて言葉だけは冷静を保てた。

 王子は頬をおさえながらまだにやけている。

 ふと見回すと、音楽も止まって周囲の人々は皆凍りついたような表情で二人を見ていた。

 ウェイン王子がエレナの手をつかんだ。

「男の扱いを知ってるようだな。嫌がるふりもむしろ極上のスパイスというものだ」

「お断りです。こんなの人として許されませんわ」

「それは下層階級の基準だろう。僕は王子だ。世継ぎである僕に逆らえるものはこの世にはいない。僕はこの国で最高の地位につく男なのだからね」

「あなたは最低の男です」

「そんなことを言っていいと思ってるのかい? 君のお父さんの立場はどうなる? 君だって、お上品な暮らしができなくなるぞ」

 お父様の立場……。

 エレナの頭は混乱していた。

 自分が間違っているのか。

 そんなはずはない。

 でも、自分のわがままで誰かに迷惑がかかるとするなら、自分が間違っているのではないか。

 エレナは何が正しいのかわけが分からなくなってしまった。

 誰かに助けを求めたくても、そばには誰もいてくれない。

 ねえ、ミリア、どこにいるのよ。

 だが、見回しても侍女がいない。

 もうこんなところにいたくない。

 具合が悪くなったとか言い訳をして城へ帰りたい。

 どうしてどこにもいないのよ。

 今のわたくしには頼れる者があなたしかいないのに……。

 王子はつかんでいた手に力を込めてエレナの腕をきつくねじり上げた。

「たまには田舎臭い貧乏貴族の娘をもてあそんでやろうかと思ったんだが、余興の価値もない面倒くさい女だったようだな」

「なっ……」

 エレナは絶句した。

 なんて不潔な男。

 卑劣、下品、低俗。

 様々な言葉が浮かんできても、声にならない。

 出てくるのは涙ばかりだった。