久しぶりに再会してそのことを突きつけられた。
 そう、幼なじみというフィルターを外した状態で沙綾を見るとただの妙齢の女性だった。

 同じ景色を眺めて、一緒のテーブルで酒を飲んだ。隠れ甘党の俺に呆れるでもなく、一緒にケーキをシェアして、ころころとよく笑った。

 いつの間にか、隣にいることが当たり前になっていた。
 彼女の視線の先に映っているものを俺も眺めている。同じ風の香りを嗅ぎ、同じ速度で歩き、たくさんの初めてを共有した。

 意地っ張りで、少しあまのじゃくで駿人に本心を見せたがらないのに、何回かに一回は素直になるのだ。俺に本心をさらけ出したくないと意地を張りつつ、時折見せる素直な表情が可愛かった。

 この先も沙綾の笑顔を見ていたい。
 気が付けば自然とそのようなことを考えるようになっていた。大人の沙綾との距離が心地よく、彼女だって俺のことを憎からず思ってくれているはずだった。

 バルセロナのホステルで思いがけず一緒の部屋で寝泊まりすることになったとき、俺がどれだけ自制心をかき集めていたか、彼女は知る由もなかっただろう。

 何度このまま既成事実を作ってしまおうと思ったか。無防備な彼女を可愛いと思う反面、懊悩していた。このまま押し倒せば、彼女は自分のもとに留まってくれるのではないか。

 昔の俺への想いをカミングアウトした沙綾。手を伸ばせば届く位置にいるのだと舞い上がってしまった。
 それなのに、彼女は日本へ帰ってしまった。俺のあの言葉がポーズなことくらい分かってくれてもいいはずなのに。

 俺は、態度で示していただろう? 沙綾だから出張中だろうが都合をつけて会いに行った。彼女が喜びそうな小さな町をネットで調べまくった。この年で土曜の早朝から出かけるとか、好きでもない奴のために、そんなことするわけがないだろう。

「駿人のばかぁぁ~! サーヤに一度くらいは誠意ってものを見せやがれ~?」
 目の前で上条さんはまだ泣いている。
「誠意ってなんだよ。俺だって、誠意見せまくったわ」
「嘘だ。サーヤが一番欲しい言葉をあげなかったくせに」

 上条さんは鼻をずびずびさせながら俺を睨みつける。鋭い眼差しに射抜かれた俺はぎくりとした。

「どうして高学歴のくせに、肝心なところがおバカなのよ」
「……俺に喧嘩売ってんのか」
「これで分からないなら、本気でバカだ」

 上条さんがぷいっと横を向いた。
 彼女の言いたいことが分からないわけでもない。大体、三十も過ぎて直球でプロポーズなんて、格好悪いだろう。それで玉砕したらどうする。いや、実際婉曲表現で玉砕したのだが。

 結局、そういうことなのだ。俺は間違えた。沙綾に対して誠実ではなかった。大人のずるいやり方で本音を包んでしまった。

 ため息を吐くと、上条さんが「陰気臭い」とぶった切った。
 彼女は俺に容赦がなかった。
 しかし、沙綾の味方だというのなら、仕方のないことだった。

 * * *

『駿人さんへ
 ヨーロッパではお世話になりました。無事に日本に帰国をしたわたしは、あれから転職活動に励み、どうにか営業事務の仕事を見つけることができました。世間では売り手市場とか言われているけれど事務職にかぎってはそうとも言えなくて、一つの枠に希望者が何十人も殺到しています、なんて転職支援会社の人にも言われるくらい狭き門みたいです。
 今は都内の中規模メーカーで働いています。契約社員からのスタートで、いずれは正社員登用も見越していると面接で言われたので、頑張ってみようと思います。
 なにより、定時が午後五時十五分で、毎日ほぼ残業なしで帰れるのが信じられません。
 最近、大学卒業以来疎遠になっていた友達と会社帰りに待ち合わせをしてご飯を食べに行ったり、水曜日に映画を観て帰ったりして楽しんでいます。会社帰りにショッピングができるってすごいいいことだと思います』

 メールボックスには未送信の近況報告メールがそのまま残っている。LINEではなく、駿人さんのフリーメールアドレス宛てのもの。

 作ってみたはいいけれど、未だに送れるじまい。たまに読み返してはそっと閉じるという作業をひと月に二度ほど繰り返しているうちに世間はそろそろクリスマス。この時期特有の電飾に目をチカチカせる日々だ。

 まあどうせ、わたしから報せなくてもお互いに両親祖父母を交えた交友関係なのだから、どうせどこからか話は伝わっているだろう。

 新しい生活はようやく軌道に乗ってきた。仕事にも慣れて会社から解放された後にまだ数時間も余裕があって友達とごはんができるというのが信じられない。その分残業代が減って収入源になったのは痛いけれど、来年の六月になればフルでボーナスももらえる。

 契約社員でもボーナスが出るのだからありがたい。