ウィーンは四連泊のため、中日の今日は日帰りでハンガリーへ行くことに。
ちょっと日帰りでお隣の国へ、なんてことができるのもヨーロッパの醍醐味だ。
こういう感覚、日本人にはないから新鮮で、わたしは車窓から外の風景を眺める。
今日はあいにくの小雨で気温も低め。地続きのハンガリーへ向かう現在もねずみ色の雲が同じように付いてきている。これは、あちらの天気も期待できそうもない。
列車の旅は約二時間半。音楽を聴いたり、ガイドブックの電子版を読んでいたらブダペストに到着した。
列車から降りると、冷たい風にわたしは身を縮ませた。ウィーンよりも気温が低い気がする。
やっぱり着てくる服、間違えたかな。ちょっと思うところがあって、軽やかなワンピースに薄手のカーディガンを選んだ。最後イギリスでリリーと一緒にディナーをしようねって約束をしていて、その時のために準備したシフォン素材の花柄ワンピース。
ハンガリーの通貨はユーロではないため、わたしたちはまず駅構内にある両替所に向かうことにした。
両替は駿人さんがまとめてしてくれることになった。列車の中で話し合って、ウィーンに戻ったらその分、わたしが多めに払うことになった。一応この旅行での支払いは割り勘が基本。
最初駿人さんは多めに払うと言ってくれたのだが、そこはしっかりしておかないと。
わたしだって社会人なのだし、貯金だってあるのだから。
フォリントを手に入れたわたしたちは地下鉄とバスを乗り継いで王宮の丘に向かう。
ガイドブックによると、この広大な丘全体を王宮と指すとのこと。日帰り観光のブダペストは時間との勝負。
慣れない場所での移動に少々時間を取られてしまい、これならタクシーを使った方がよかったかもしれない。
バスから降りて、ここからは歩きでの観光になる。
雨だけならまだしも風が吹いているため、体感気温は下がる一方。春用のカーディガンは気休め程度にしかならない。
ウィーン門から入って、順路に沿って歩いていると、駿人さんがジャケットを脱いでわたしに手渡した。
「とりあず着ておけ」
「でも、駿人さんが寒くなっちゃう」
「俺は下にも着込んでいるから。風邪ひくとホテルで寝ていることになる、というかフランクフルトまで強制送還するから」
「……わかった」
半ば脅しのような台詞に負けてしまう。
わたしはジャケットを受け取って羽織ることにした。一枚あるおかげで寒さが和らいだ。それから妙な気持ちにもなった。つい今しがたまで、駿人さんが着ていたものだ。
ふわりと、彼の香りが漂ってきて、マーチャーシュ教会や漁夫の砦、三位一体広場を観て回る間も妙に心が落ち着かない。
「少し休んでいくか?」
途中カフェを見つけて、暖かい紅茶を頼んだ。胃の中に暑い飲み物が溜まり、じんわりと身体を温めていく。
「白い建物だから晴れていたらもっときれいなんだろうな」
スマホを取り出して写真をスワイプしていく。雨降りだから写真の色もどこか暗い。
「今日の天気は残念だけど、沙綾が楽しみにしていたなんとか刺繍はどんな天気でも売っているから、そっちを楽しみにしよう」
「そうだね」
ガイドブックに掲載されていた色鮮やかなカロチャ刺繍を頭に思う浮かべると、気分が浮上した。
* * *
王宮見学を終えると正午を過ぎていて、わたしたちはくさり橋へ向けて丘を下る道すがらみつけたハンガリー料理店に入った。
駿人さんは牛肉のソテーにフォアグラを乗せたもの、わたしは鶏肉をパプリカソースで煮たものとグヤーシュを頼んだ。
「ハンガリーってなにげにフォアグラが有名なんだって」
「へえ。グヤーシュくらいしか思い浮かばなかった。あと温泉」
何しろガイドブックでも温泉の入り方から楽しみ方まで特集記事が組まれている。
興味はあったけれど、水着持ってきていないし時間もないから割愛だ。
「さすがに温泉に入る時間は無いしな」
「駿人は日本のお風呂が恋しくならないの?」
「一応バスタブ付きの部屋だからたまにお湯張って使ってる。確かに冬場は恋しくなる」
「今度ハンガリーまで温泉入りに来たらいいじゃん」
「銭湯に行く代わりにしてはフランクフルトからだと遠いな」
和やかな昼食の後はドナウ川沿いに建つ国会議事堂に向かった。見学はツアーのみ受付で本日分の英語ツアーは売り切れてしまっていた。
時間的にもちょうどいいドイツ語ツアーに参加することにしたのだけれど、駿人さんは「俺もさすがに歴史用語はわからない」と前置きをした。
茶色の屋根と白い壁にいくつもの尖塔が優雅な国会議事堂はもちろん中も圧巻で、とくに歴代の王様が身につけたという王冠は大きな宝石がちりばめられていて見ごたえもばっちり。
駿人さんは事前に俺のドイツ語力はそこまで高くないと謙遜していたけれど、わたしのために小声で日本語に通訳してくれた。
ちょっと日帰りでお隣の国へ、なんてことができるのもヨーロッパの醍醐味だ。
こういう感覚、日本人にはないから新鮮で、わたしは車窓から外の風景を眺める。
今日はあいにくの小雨で気温も低め。地続きのハンガリーへ向かう現在もねずみ色の雲が同じように付いてきている。これは、あちらの天気も期待できそうもない。
列車の旅は約二時間半。音楽を聴いたり、ガイドブックの電子版を読んでいたらブダペストに到着した。
列車から降りると、冷たい風にわたしは身を縮ませた。ウィーンよりも気温が低い気がする。
やっぱり着てくる服、間違えたかな。ちょっと思うところがあって、軽やかなワンピースに薄手のカーディガンを選んだ。最後イギリスでリリーと一緒にディナーをしようねって約束をしていて、その時のために準備したシフォン素材の花柄ワンピース。
ハンガリーの通貨はユーロではないため、わたしたちはまず駅構内にある両替所に向かうことにした。
両替は駿人さんがまとめてしてくれることになった。列車の中で話し合って、ウィーンに戻ったらその分、わたしが多めに払うことになった。一応この旅行での支払いは割り勘が基本。
最初駿人さんは多めに払うと言ってくれたのだが、そこはしっかりしておかないと。
わたしだって社会人なのだし、貯金だってあるのだから。
フォリントを手に入れたわたしたちは地下鉄とバスを乗り継いで王宮の丘に向かう。
ガイドブックによると、この広大な丘全体を王宮と指すとのこと。日帰り観光のブダペストは時間との勝負。
慣れない場所での移動に少々時間を取られてしまい、これならタクシーを使った方がよかったかもしれない。
バスから降りて、ここからは歩きでの観光になる。
雨だけならまだしも風が吹いているため、体感気温は下がる一方。春用のカーディガンは気休め程度にしかならない。
ウィーン門から入って、順路に沿って歩いていると、駿人さんがジャケットを脱いでわたしに手渡した。
「とりあず着ておけ」
「でも、駿人さんが寒くなっちゃう」
「俺は下にも着込んでいるから。風邪ひくとホテルで寝ていることになる、というかフランクフルトまで強制送還するから」
「……わかった」
半ば脅しのような台詞に負けてしまう。
わたしはジャケットを受け取って羽織ることにした。一枚あるおかげで寒さが和らいだ。それから妙な気持ちにもなった。つい今しがたまで、駿人さんが着ていたものだ。
ふわりと、彼の香りが漂ってきて、マーチャーシュ教会や漁夫の砦、三位一体広場を観て回る間も妙に心が落ち着かない。
「少し休んでいくか?」
途中カフェを見つけて、暖かい紅茶を頼んだ。胃の中に暑い飲み物が溜まり、じんわりと身体を温めていく。
「白い建物だから晴れていたらもっときれいなんだろうな」
スマホを取り出して写真をスワイプしていく。雨降りだから写真の色もどこか暗い。
「今日の天気は残念だけど、沙綾が楽しみにしていたなんとか刺繍はどんな天気でも売っているから、そっちを楽しみにしよう」
「そうだね」
ガイドブックに掲載されていた色鮮やかなカロチャ刺繍を頭に思う浮かべると、気分が浮上した。
* * *
王宮見学を終えると正午を過ぎていて、わたしたちはくさり橋へ向けて丘を下る道すがらみつけたハンガリー料理店に入った。
駿人さんは牛肉のソテーにフォアグラを乗せたもの、わたしは鶏肉をパプリカソースで煮たものとグヤーシュを頼んだ。
「ハンガリーってなにげにフォアグラが有名なんだって」
「へえ。グヤーシュくらいしか思い浮かばなかった。あと温泉」
何しろガイドブックでも温泉の入り方から楽しみ方まで特集記事が組まれている。
興味はあったけれど、水着持ってきていないし時間もないから割愛だ。
「さすがに温泉に入る時間は無いしな」
「駿人は日本のお風呂が恋しくならないの?」
「一応バスタブ付きの部屋だからたまにお湯張って使ってる。確かに冬場は恋しくなる」
「今度ハンガリーまで温泉入りに来たらいいじゃん」
「銭湯に行く代わりにしてはフランクフルトからだと遠いな」
和やかな昼食の後はドナウ川沿いに建つ国会議事堂に向かった。見学はツアーのみ受付で本日分の英語ツアーは売り切れてしまっていた。
時間的にもちょうどいいドイツ語ツアーに参加することにしたのだけれど、駿人さんは「俺もさすがに歴史用語はわからない」と前置きをした。
茶色の屋根と白い壁にいくつもの尖塔が優雅な国会議事堂はもちろん中も圧巻で、とくに歴代の王様が身につけたという王冠は大きな宝石がちりばめられていて見ごたえもばっちり。
駿人さんは事前に俺のドイツ語力はそこまで高くないと謙遜していたけれど、わたしのために小声で日本語に通訳してくれた。