昨日まで滞在していたザルツブルクでもレバークヌーデルズッペというレバーを使った肉団子のスープを食べた。ローストポークや牛肉の煮込み料理など、駿人さんと一緒だと色々な料理を試すことが出来てその点は、リリーの指摘道理一人よりもリーズナブルだし充実している。

「俺、出張以外だとドイツから出ることもなかったし、隣の国なんて似たようなものだろとか思っていたけど、こうして出かけてみると楽しいな」

「駿人さんせっかくヨーロッパで暮らしているのにね」
「けっこうもったいないことしていた」

 どうにかヴィーナーシュニッツェルを完食したけれど、おかげでお腹ははちきれそう。

 うう、苦しい。でも、旅行先で名物料理を食べるのも旅の醍醐味。
 とはいえ、体重計に乗るのは怖い。明日もしっかり歩こう。うん、そうしよう。

 店から出ても、まだ外は明るい。
 お酒が入っていることもあって、わたしは気分よく歩く。

「まだこんなにも明るいんだから、ヨーロッパの春っていいねえ」

 適度な気温と七時を過ぎても明るい屋外。瀟洒な建物はパステルカラーで、表通りにはカフェのテラス席が並んでいて、とってもおしゃれ。

「そうだな。冬が長い分、俺もこの時期が一番楽しみ」

 駿人さんがしみじとした声を出す。
 冬は日照時間が短く、ドイツに赴任した年は本気で太陽が恋しくなったとのこと。

「もうすこし歩いていくか?」
「腹ごなししないとね~」

 のんびり歩いていると、トラムが走って行くのが見える。
 通り沿いのショウウィンドウに、わたしが映っている。その隣には駿人さん。

 彼はちゃんとわたしに合わせて歩いてくれるようになった。
 今日のわたしはブルーのカットソーに薄いブラウンのパンツというラフな格好。可愛さよりも動きやすさ重視なコーディネートだけれど、隣を歩く駿人さんとの年の差はあまり感じない。

 小さいころの五歳差は高い壁のようにわたしの前に立ちはだかっていたけれど、大人になって社会に出ればたかだか五歳差になる。
 同じテーブルについて、一緒にワインリストだって眺められちゃうのだから、月日というものは偉大だ。

 お酒を飲める年だからこその楽しみもあって、わたしはほわほわした気分のまま、えいやっと駿人さんと手を繋いだ。
 わたしよりも大きな手。大人の男の人だなあって思うけど、小さいころ繋いでもらったんだから、なんだか不思議な気持ちになる。

「……酔ってるだろ」
「酔ってないよ~」

 わたしは思い切り笑い転げた。

「いや、酔ってる」
「あはは」

 少しだけひんやりとした風がわたしの肌をくすぐっていった。

 * * *

 たかだかグラスワイン二杯ごときでわたしの記憶がぶっ飛ぶことはない。
 もちろんわたしは昨日、酔っぱらった勢いで駿人さんと手を繋いだことを覚えている。

 そしてそのお返しを貰ったのはシェーンブルン宮殿へ向かう道すがら。彼がさりげなく、本当に自然にわたしの指に自分のそれを絡めてきたときのこと。

「うっわひゃぁ」

 駅を降りて他の観光客に混じって歩いているときのことで、わたしは素っ頓狂な声を出してしまった。

「なんて声を出すんだよ」
 隣から不満そうな声が聞こえてきた。
「だって。だって。駿人さんが急に手を繋ぐから」

 しかも恋人繋ぎだなんて。

 いや、わたしだって手を繋ぐことくらいで驚いたりはしない。大学時代に彼氏がいたことだってある。あいにくとブラック企業でこき使われていたから社会人になってからはいなかったけれど。

 とにかく、わたしだって世間の人々が考える男女交際というものは一通り経験してきた身。とはいえ、相手は駿人さん。

「昨日沙綾が手を繋いできたから。いいのかな、って」

 わたしは昨日の行いを猛省した。彼はあっけらかんとした口調で他意はないように見える。
 体中の血液が熱くなるような感覚に陥って沙綾はこの次なんて答えていいのか分からなくなってしまう。

「嫌なら離すけど」

 駿人さんはあっさりと絡めていた指を離した。離れたとたんに指の隙間を風が通り抜ける。心まで妙に寂しくなってしまう。

 そっと彼を窺うと、涼しい顔をしている。
 一体何を考えているのだろう。問いただしたくなるけれど、わたし自身ゃあどうしてほしいのかと問われるとなんて答えていいのか分からなくなる。

 会話をするでもなく宮殿まで歩き、チケットを購入して入場。

「わあ。すごい」

 世界遺産で、かの有名なマリー・アントワネットが生まれ育った宮殿はオーストリア観光のハイライト。
 目の前に豪華な内装に目を奪われ、直前までの複雑な心境が瞬時に吹き飛んだ。

「生まれたときからこれだと、そりゃあパンが無ければケーキを食べたらいいんじゃなくって? とか言っちゃうのかな」

 大ギャラリーの美しすぎる天井画を見上げての感想。