わたしは二段ベッドで自己嫌悪に陥りながら悶々と過ごし、空腹に逆らえず結局起き上がることにした。
やってしまった。何をって、子供のように癇癪を起してしまった。
考えてみれば、わたしにだって非はあったのに。わたしだって、よそ見をしながらのんびり歩いていた。彼がすたすたと歩いて行ってしまうことなんて、いつものことだったのに。
それでも、一方的に悪者扱いされて、保護者目線で説教されることに我慢ならなかった。
「……ごはん、買いに行こ」
わたしは荷物を持って外に出た。
午後七時を回っているのに、ミュンヘンの街はとても明るい。この時期、確か日没は午後八時過ぎだとガイドブックに書いてあった。
どこか店に入って食事する気にもなれなくて、わたしはホステル近くの大通りを歩いて、目についたケバブスタンドで夕食を調達するとにした。
それを持ってホステルに戻って、フロント隣の共有スペースで一人でケバブを胃の中に収めた。
その間中考えるのは駿人さんのことばかりで。きっと彼はわたしの幼稚な行動に呆れているのだろうなと考えた。
もしかすると、もう旅行は終了かもしれない。
付き合いきれなくて、彼はフランクフルトに戻ってしまうかもと頭をよぎる。
すると、胸の奥がずきんと痛んで、わたしは慌ててその考えを振り払う。もともと、これは一人旅の予定だったのだ。
元に戻るだけで、どうして悲しまないといけないの。
向こうだってせいせいしているはずなんだから。
やっぱり、駿人さんとの結婚なんて無理な話だったのだ。だって、彼はわたしのことなんて昔から単なる子供としか思っていなかったわけなのだし。
って、だから違う。わたしはぶんぶんと頭を左右に振った。
振りすぎてくらくらした。
結局この日はもやもやを抱えたままホステルの部屋に引き籠った。
* * *
翌日、わたしは予約済みの列車の時間に合わせて起床した。
顔を洗って、化粧をして、荷物をまとめてチェックアウトをする。
「おはよう」
日本語が聞こえてきて、どきりとした。
「……」
そこには、出発の準備を終えた駿人さんの姿があった。彼の挨拶は普段通りで、そのうえ笑顔で。
対するわたしは、彼に何を言っていいのか分からずに、返事もできずにいた。
こういうところが子供だと自分でも思うのに、幼なじみというには拗らせすぎているわたしの表情筋は油切れの機械のように動いてくれない。
結果、中央駅からフュッセン行きの列車に乗ってもまだ駿人さんと会話が出来ないでいた。
どうやら彼は律儀にわたしの旅行にまだ付き合うらしい。
わたしの両親への責任もあるのだろう。わたしだっていい大人なのだから、もう見切りをつけてしまえばいいのに。
こういう、可愛くないことを考えるのがだめなんだろうな。
わたしは乗車前に買った朝ご飯のサンドウィッチを食べることにした。パンにチーズとハムを挟んだだけの簡単なものがとても美味しい。
それはこんなときでも変わらなくて。わたしは夢中になって咀嚼する。
列車はいつの間にか市街地を抜け、田舎ののどかな風景の間を走り抜けている。
緑色の牧草地帯と、遠くに見える集落と尖塔。どこまでも広がる空。
心地の良い揺れに誘われて、わたしはいつの間にか眠っていたらしい。
小さなころのわたしが泣いていた。あれは何歳の頃のことだったか。
夏だった。家族と一緒に、軽井沢かどこかに旅行に行った。わたしのおじいちゃんが軽井沢に別荘を持っていて、毎年夏になるとみんなで泊まりに行くのが習慣だった。
軽井沢ではおじいちゃんのお友達と合流して、バーベキューや釣りやらを楽しむのが常だった。
「ん……あれ?」
わたしはぼんやりとあたりを見渡した。
「おはよう」
「ん、おはよう」
どうやら眠っていたらしい。昨日は少し寝つきが悪かったせいだろうか。
窓の外はまだのんびりとした田舎の風景が流れている。たた寝していたのは短い時間だったらしい。
「って、駿人さん!」
隣にはいつの間にか駿人さんが座っていた。さっきまで別の座席にいたのに、どうして。
「沙綾、寝てたし。一応心配になって」
わたしが心底驚いた声を出したのに、彼はまったく落ち着いた声だった。
ん、ちょっと待って。今、わたしのことを何て呼んだ?
「い、い今、あなたわたしを沙綾って」
驚きすぎてどもってしまった。
この人、昔からずっとサヤちゃんとしか呼ばなかったのに。いきなり呼び捨てって、一体どういうことですか。
「昔さ、沙綾迷子になったことあっただろ」
わたしの質問には答えずに、駿人さんが突然にそんなことを言い出した。
一体いつの話だと訝しんだのも一瞬で、そういえばさっき夢に見たことを思い出す。
やってしまった。何をって、子供のように癇癪を起してしまった。
考えてみれば、わたしにだって非はあったのに。わたしだって、よそ見をしながらのんびり歩いていた。彼がすたすたと歩いて行ってしまうことなんて、いつものことだったのに。
それでも、一方的に悪者扱いされて、保護者目線で説教されることに我慢ならなかった。
「……ごはん、買いに行こ」
わたしは荷物を持って外に出た。
午後七時を回っているのに、ミュンヘンの街はとても明るい。この時期、確か日没は午後八時過ぎだとガイドブックに書いてあった。
どこか店に入って食事する気にもなれなくて、わたしはホステル近くの大通りを歩いて、目についたケバブスタンドで夕食を調達するとにした。
それを持ってホステルに戻って、フロント隣の共有スペースで一人でケバブを胃の中に収めた。
その間中考えるのは駿人さんのことばかりで。きっと彼はわたしの幼稚な行動に呆れているのだろうなと考えた。
もしかすると、もう旅行は終了かもしれない。
付き合いきれなくて、彼はフランクフルトに戻ってしまうかもと頭をよぎる。
すると、胸の奥がずきんと痛んで、わたしは慌ててその考えを振り払う。もともと、これは一人旅の予定だったのだ。
元に戻るだけで、どうして悲しまないといけないの。
向こうだってせいせいしているはずなんだから。
やっぱり、駿人さんとの結婚なんて無理な話だったのだ。だって、彼はわたしのことなんて昔から単なる子供としか思っていなかったわけなのだし。
って、だから違う。わたしはぶんぶんと頭を左右に振った。
振りすぎてくらくらした。
結局この日はもやもやを抱えたままホステルの部屋に引き籠った。
* * *
翌日、わたしは予約済みの列車の時間に合わせて起床した。
顔を洗って、化粧をして、荷物をまとめてチェックアウトをする。
「おはよう」
日本語が聞こえてきて、どきりとした。
「……」
そこには、出発の準備を終えた駿人さんの姿があった。彼の挨拶は普段通りで、そのうえ笑顔で。
対するわたしは、彼に何を言っていいのか分からずに、返事もできずにいた。
こういうところが子供だと自分でも思うのに、幼なじみというには拗らせすぎているわたしの表情筋は油切れの機械のように動いてくれない。
結果、中央駅からフュッセン行きの列車に乗ってもまだ駿人さんと会話が出来ないでいた。
どうやら彼は律儀にわたしの旅行にまだ付き合うらしい。
わたしの両親への責任もあるのだろう。わたしだっていい大人なのだから、もう見切りをつけてしまえばいいのに。
こういう、可愛くないことを考えるのがだめなんだろうな。
わたしは乗車前に買った朝ご飯のサンドウィッチを食べることにした。パンにチーズとハムを挟んだだけの簡単なものがとても美味しい。
それはこんなときでも変わらなくて。わたしは夢中になって咀嚼する。
列車はいつの間にか市街地を抜け、田舎ののどかな風景の間を走り抜けている。
緑色の牧草地帯と、遠くに見える集落と尖塔。どこまでも広がる空。
心地の良い揺れに誘われて、わたしはいつの間にか眠っていたらしい。
小さなころのわたしが泣いていた。あれは何歳の頃のことだったか。
夏だった。家族と一緒に、軽井沢かどこかに旅行に行った。わたしのおじいちゃんが軽井沢に別荘を持っていて、毎年夏になるとみんなで泊まりに行くのが習慣だった。
軽井沢ではおじいちゃんのお友達と合流して、バーベキューや釣りやらを楽しむのが常だった。
「ん……あれ?」
わたしはぼんやりとあたりを見渡した。
「おはよう」
「ん、おはよう」
どうやら眠っていたらしい。昨日は少し寝つきが悪かったせいだろうか。
窓の外はまだのんびりとした田舎の風景が流れている。たた寝していたのは短い時間だったらしい。
「って、駿人さん!」
隣にはいつの間にか駿人さんが座っていた。さっきまで別の座席にいたのに、どうして。
「沙綾、寝てたし。一応心配になって」
わたしが心底驚いた声を出したのに、彼はまったく落ち着いた声だった。
ん、ちょっと待って。今、わたしのことを何て呼んだ?
「い、い今、あなたわたしを沙綾って」
驚きすぎてどもってしまった。
この人、昔からずっとサヤちゃんとしか呼ばなかったのに。いきなり呼び捨てって、一体どういうことですか。
「昔さ、沙綾迷子になったことあっただろ」
わたしの質問には答えずに、駿人さんが突然にそんなことを言い出した。
一体いつの話だと訝しんだのも一瞬で、そういえばさっき夢に見たことを思い出す。