「ツルさん、なんで……」
謙太と知朗が呆然として声を上げると、ツルさんは「おお」と手を下ろす。
「本当にありがとうのう。謙太坊とトモ坊のお陰じゃ」
「ツルさんも皆と一緒に消えたんや無かったんですか?」
「そう見せたんじゃ。わしはの、ここの主の片割れなんじゃよ」
ツルさんはそう言うと、目を閉じて胸元で手を合わせた。すると着ていたシャツとスラックスが白い光に包まれ、白地に白紋の着物と袴に変わった。
「ツルさん!?」
また驚いて声を上げると、ツルさんは「ほっほっほ」とおかしそうに笑う。
「驚かせて済まんのう。わしはの、鶴杜神社に祀られておる神なんじゃよ」
「つる……もり?」
謙太が首を傾げると、知朗が「あ!」と声を上げる。
「ほら謙太、あそこだ。俺らが日曜日にいつも参ってる神社だ」
「え、ええ!? あそこの神さまぁ!?」
もうさっきから驚き通しである。謙太も知朗もどうしたら良いのか判らず、「え?」「ええ?」と狼狽えるばかりだ。
「ああ、本当に済まんのう。驚かせるつもりは無かったんじゃあ。……あ」
ツルさんもおろおろと声を上げた時、3人の側に盛大に黒煙が立ち昇った。
「ぎゃー!?」
「なんだってんだ本当によ!」
理解が追い付いていないところにまた予想外のできごとが起こり、謙太も知朗も腰を抜かさんばかりだ。
「あ〜あ、負けちゃったぁ」
そう落胆の声で言いながら黒煙から姿を現したのは、黒いロングドレスを着た黒いウェイビーヘアの美女だった。
「あの双子からそのふたりに変えでも、男だし大丈夫だと思ってたのにな〜」
女性はそう言って、ぷぅと可愛らしく頬を膨らませた。
「済まんのう。死者をそう長くここに留め置くことはしたくないからのう。わしの選択は大成功じゃったと言うことじゃ」
「そうね!」
女性は不機嫌そうにぷいとそっぽを向いてしまった。謙太も知朗も何ごとかと目を白黒させる。
「ああ、謙太坊トモ坊済まんのう。この女性はのう、わしの奥さんなんじゃ」
「何歳差だよ!」
「いやそこやないやろ!」
また出た驚愕の事実に知朗がとっさに突っ込み、謙太がたしなめる。
「ほっほっほ、年齢差なんてあって無い様なもんじゃ。わしは神で奥さんは死神じゃからのう」
「死神?」
「死神ってあれですか。生きてる人から魂抜くって言う」
「おやおや、謙太坊もトモ坊もようやく落ち着いたかの」
「いやもうてんこもり過ぎて、驚くのがしんどなって来ました〜」
「俺もだ」
もう驚きはすっかり飽和状態、息も絶え絶えである。まだ頭の中でまとまってはいないが、とりあえず我に返ることはできた。
「それは人聞きが悪くて愉快で不愉快だわ。私は死ぬと決められた人の心臓が止まったら魂を抜くだけ。人殺しみたいに言わないでちょうだい」
死神さまのせりふに知朗は素直に「そりゃあ悪ぃ」と詫びる。死神は「いいわ」とあっさり許してくれた。
「この空間を作って飲食を心残りにした死者を集める時に、お世話役を決めることにしたの。そうすれば余計なことをする人もそう出ないだろうしね」
「そのお世話役を決めたのは奥さんなんじゃ。女性じゃしどうにかしてくれると思ったんじゃが……」
ツルさんがしょんぼりとうなだれると、死神さまは「ほっほっほっほっほ」と愉快そうに高笑いをした。
「あぁんな愚図どもがなんとかできるわけ無いじゃない。あの双子は、蝶よ花よとさんざっぱら甘やかされて育てられた超の付く箱入り娘で、身の回りの世話から何からぜーんぶ他人にやってもらってたんだもの。他の人を気遣うことにもなにかをしてあげることにも、思いもよらないような頭の悪さだったんだから。本当に愛しい子たちだったわ。だからお世話役にしたの。そしたら旦那さまに勝てるから」
「勝てる? なに、なんか勝負でもしてたのか?」
「と言うか、そもそもこの空間はなんなんですか? 食べること飲むことに心残りのある人たちを集めたってどういうことです?」
ツルさんと死神さまは目を見合わせて、ツルさんははあぁと溜め息を吐き、死神さまはにっこりと笑みを浮かべた。
「結婚したって言うのに、旦那さまったら仕事仕事で全然構ってくれないから、この空間を作って勝負を仕掛けることにしたのよ。飲食に心残りある人にしたのは、その執着が欲の中で1番意地汚くて魅力的だからよ」
「じゃからそれを満たしてあげられれば良かったんじゃが、あの双子ちゃんではそこに至ることができんでのう。ただただ言われた通りに飲み物を作っておった。じゃから飲み物の心残りは満たすことができたんじゃが、食べ物のほうはどうにもならんかった。ここにいるのに飽きて、次に行った人もいるにはいたんじゃが」
「ツルさんがどうにかしてあげられんかったんですか?」
ツルさんは申し訳無さげに首を振った。
「わしは人さまの食べ物のことはからっきしじゃからのう。飲み物を用意するだけで精一杯じゃった。じゃから酒を飲んでも酔わん様にしておったんじゃよ。わしはここで一般人の振りをしながら、あの双子ちゃんを促そうとしておったんじゃが、まるで駄目じゃった」
「あの双子に迂遠な言い方しても気付くわけ無いじゃない。疎いんだから。もし気付いたとしても、みかんの皮ひとつ剥いたことも無い様な子たちだったんだから、料理とか無理よ。もちろん旦那さま自身も、食に関しては何もできないことも織り込み済みよ」
「じゃあツルさんにお子さんがいてはったとかそんな話は」
「つじつま合わせの作り話じゃよ。わしの見た目の世代じゃと、子どもも孫もおっておかしくないじゃろ?」
「独身でもおかしくなかったけどな」
「そうなのかの!? 次の参考にさせてもらおうかの」
「旦那さま、次もやる気なのぉ?」
死神さまがからかう様に聞くと、ツルさんは慌てた様に首を振った。
「いやぁ、もうこりごりじゃ。ここで出す飲み物には魂を癒す霊薬を混ぜておったんじゃが、やはり食べ物では無いからのう、人は溜まって行く一方だったんじゃ。じゃからお世話役、お役目を変えたいと奥さんにお願いしてのう」
「男だったら良いって言ったの。男なんて気遣いも無ければ料理もできない愚鈍ばかりだもの。そしたらとんだ誤算だったわ」
「えらい偏見だな〜」
知朗は苦笑し、謙太は微笑む。
「女性でもなにもでけへん人もおるし、男でもなんでもできる人もおりますよ〜」
「そうみたいね。あの双子とお前たちがそれを証明してくれたわ」
死神さまはやれやれと言う様に溜め息を吐いた。
「魂を癒す霊薬って、そんなの飲み物に混ぜてたのか?」
「そうじゃ。謙太坊とトモ坊が来るまでは、それがわしにできる最大限だったんじゃよ」
「じゃあここにおった人たちが皆穏やかやったんは、その効果もあったんですかねぇ?」
「恐らくの。じゃがほとんどがそれ止まりじゃった。ほとほと困っておったんじゃ」
ツルさんは焦燥した様な表情を浮かべた。
謙太と知朗が呆然として声を上げると、ツルさんは「おお」と手を下ろす。
「本当にありがとうのう。謙太坊とトモ坊のお陰じゃ」
「ツルさんも皆と一緒に消えたんや無かったんですか?」
「そう見せたんじゃ。わしはの、ここの主の片割れなんじゃよ」
ツルさんはそう言うと、目を閉じて胸元で手を合わせた。すると着ていたシャツとスラックスが白い光に包まれ、白地に白紋の着物と袴に変わった。
「ツルさん!?」
また驚いて声を上げると、ツルさんは「ほっほっほ」とおかしそうに笑う。
「驚かせて済まんのう。わしはの、鶴杜神社に祀られておる神なんじゃよ」
「つる……もり?」
謙太が首を傾げると、知朗が「あ!」と声を上げる。
「ほら謙太、あそこだ。俺らが日曜日にいつも参ってる神社だ」
「え、ええ!? あそこの神さまぁ!?」
もうさっきから驚き通しである。謙太も知朗もどうしたら良いのか判らず、「え?」「ええ?」と狼狽えるばかりだ。
「ああ、本当に済まんのう。驚かせるつもりは無かったんじゃあ。……あ」
ツルさんもおろおろと声を上げた時、3人の側に盛大に黒煙が立ち昇った。
「ぎゃー!?」
「なんだってんだ本当によ!」
理解が追い付いていないところにまた予想外のできごとが起こり、謙太も知朗も腰を抜かさんばかりだ。
「あ〜あ、負けちゃったぁ」
そう落胆の声で言いながら黒煙から姿を現したのは、黒いロングドレスを着た黒いウェイビーヘアの美女だった。
「あの双子からそのふたりに変えでも、男だし大丈夫だと思ってたのにな〜」
女性はそう言って、ぷぅと可愛らしく頬を膨らませた。
「済まんのう。死者をそう長くここに留め置くことはしたくないからのう。わしの選択は大成功じゃったと言うことじゃ」
「そうね!」
女性は不機嫌そうにぷいとそっぽを向いてしまった。謙太も知朗も何ごとかと目を白黒させる。
「ああ、謙太坊トモ坊済まんのう。この女性はのう、わしの奥さんなんじゃ」
「何歳差だよ!」
「いやそこやないやろ!」
また出た驚愕の事実に知朗がとっさに突っ込み、謙太がたしなめる。
「ほっほっほ、年齢差なんてあって無い様なもんじゃ。わしは神で奥さんは死神じゃからのう」
「死神?」
「死神ってあれですか。生きてる人から魂抜くって言う」
「おやおや、謙太坊もトモ坊もようやく落ち着いたかの」
「いやもうてんこもり過ぎて、驚くのがしんどなって来ました〜」
「俺もだ」
もう驚きはすっかり飽和状態、息も絶え絶えである。まだ頭の中でまとまってはいないが、とりあえず我に返ることはできた。
「それは人聞きが悪くて愉快で不愉快だわ。私は死ぬと決められた人の心臓が止まったら魂を抜くだけ。人殺しみたいに言わないでちょうだい」
死神さまのせりふに知朗は素直に「そりゃあ悪ぃ」と詫びる。死神は「いいわ」とあっさり許してくれた。
「この空間を作って飲食を心残りにした死者を集める時に、お世話役を決めることにしたの。そうすれば余計なことをする人もそう出ないだろうしね」
「そのお世話役を決めたのは奥さんなんじゃ。女性じゃしどうにかしてくれると思ったんじゃが……」
ツルさんがしょんぼりとうなだれると、死神さまは「ほっほっほっほっほ」と愉快そうに高笑いをした。
「あぁんな愚図どもがなんとかできるわけ無いじゃない。あの双子は、蝶よ花よとさんざっぱら甘やかされて育てられた超の付く箱入り娘で、身の回りの世話から何からぜーんぶ他人にやってもらってたんだもの。他の人を気遣うことにもなにかをしてあげることにも、思いもよらないような頭の悪さだったんだから。本当に愛しい子たちだったわ。だからお世話役にしたの。そしたら旦那さまに勝てるから」
「勝てる? なに、なんか勝負でもしてたのか?」
「と言うか、そもそもこの空間はなんなんですか? 食べること飲むことに心残りのある人たちを集めたってどういうことです?」
ツルさんと死神さまは目を見合わせて、ツルさんははあぁと溜め息を吐き、死神さまはにっこりと笑みを浮かべた。
「結婚したって言うのに、旦那さまったら仕事仕事で全然構ってくれないから、この空間を作って勝負を仕掛けることにしたのよ。飲食に心残りある人にしたのは、その執着が欲の中で1番意地汚くて魅力的だからよ」
「じゃからそれを満たしてあげられれば良かったんじゃが、あの双子ちゃんではそこに至ることができんでのう。ただただ言われた通りに飲み物を作っておった。じゃから飲み物の心残りは満たすことができたんじゃが、食べ物のほうはどうにもならんかった。ここにいるのに飽きて、次に行った人もいるにはいたんじゃが」
「ツルさんがどうにかしてあげられんかったんですか?」
ツルさんは申し訳無さげに首を振った。
「わしは人さまの食べ物のことはからっきしじゃからのう。飲み物を用意するだけで精一杯じゃった。じゃから酒を飲んでも酔わん様にしておったんじゃよ。わしはここで一般人の振りをしながら、あの双子ちゃんを促そうとしておったんじゃが、まるで駄目じゃった」
「あの双子に迂遠な言い方しても気付くわけ無いじゃない。疎いんだから。もし気付いたとしても、みかんの皮ひとつ剥いたことも無い様な子たちだったんだから、料理とか無理よ。もちろん旦那さま自身も、食に関しては何もできないことも織り込み済みよ」
「じゃあツルさんにお子さんがいてはったとかそんな話は」
「つじつま合わせの作り話じゃよ。わしの見た目の世代じゃと、子どもも孫もおっておかしくないじゃろ?」
「独身でもおかしくなかったけどな」
「そうなのかの!? 次の参考にさせてもらおうかの」
「旦那さま、次もやる気なのぉ?」
死神さまがからかう様に聞くと、ツルさんは慌てた様に首を振った。
「いやぁ、もうこりごりじゃ。ここで出す飲み物には魂を癒す霊薬を混ぜておったんじゃが、やはり食べ物では無いからのう、人は溜まって行く一方だったんじゃ。じゃからお世話役、お役目を変えたいと奥さんにお願いしてのう」
「男だったら良いって言ったの。男なんて気遣いも無ければ料理もできない愚鈍ばかりだもの。そしたらとんだ誤算だったわ」
「えらい偏見だな〜」
知朗は苦笑し、謙太は微笑む。
「女性でもなにもでけへん人もおるし、男でもなんでもできる人もおりますよ〜」
「そうみたいね。あの双子とお前たちがそれを証明してくれたわ」
死神さまはやれやれと言う様に溜め息を吐いた。
「魂を癒す霊薬って、そんなの飲み物に混ぜてたのか?」
「そうじゃ。謙太坊とトモ坊が来るまでは、それがわしにできる最大限だったんじゃよ」
「じゃあここにおった人たちが皆穏やかやったんは、その効果もあったんですかねぇ?」
「恐らくの。じゃがほとんどがそれ止まりじゃった。ほとほと困っておったんじゃ」
ツルさんは焦燥した様な表情を浮かべた。