俺はそれを見て、また吐き気に襲われた。
 俺はその日、人が死ぬのを見るのも、人が死ぬのを想像するのも怖くなった。
 実際に人が死んだ時はもちろんのことだが、ドラマや動画とかで死んだ人を見ても吐くようになった。
 人が死ぬということを、身体が一切受け付けなくなった。
 それから二年が過ぎたある日、俺は父さんにあ『中学を卒業したらお前が暮らすためのマンションを一部屋買ってやるし、高校にもちゃんと通わせてやるから、その代わり井島海里という少年が手酷い虐待をされてる動画を撮影しろ』と言われた。
 車で生活するのにうんざりしてた俺は、それに迷いなく応じて、父親に言われてお前と同じ高校を受験した。

「じゃあ零次は俺に接触するために同じ高校に来たのか?」
 戸惑いながら俺が発したその言葉に、零次は迷いなく頷いた。
「ああ、そうだよ。親父、お前の家によく来てただろ。だから、お前が行く高校知ってたんだよ。ただ海里に近づくのは、海里か海里の父親かあるいは保証人をしてる奴のいずれかに闇金の子供だとバレないように、入学して半年以上たってからにしろって言われてたから、それまでは、普通に高校生活を謳歌してた。いや、楽しんでるふりを俺はしてたんだ。好きでもない女と遊んで、欲を満たして」

「……なんでそんなことをしてたんだ」

「……どうせ母親みたいに失う可能性があるなら、浅い付き合いだけしようと思ったんだよ。いっただろ。――人が死ぬのが嫌なんだって。だから父親に従った。失うのが怖いからって人もろくに頼れない自分に、そうする以外に選択肢はないと思ったんだ! 
 ……虐待の現場に出くわした時、やった!と思った。
 嘘じゃない。少なくともその時の俺は、本気でお前が虐待されている動画を撮ろうとしてた。お前を助けようなんて、全然考えてなかったんだ。でも虐待の現場を見て、その気持ちが変わった。高校生の子供が皮膚を炙られて、赤ん坊みたいに泣きじゃくる。そんな酷い見るに堪えない地獄絵図のような世界が、そこには広がっていた。
 その泣きじゃくっていた子供が、自分に見えたんだ。監禁されて自由を奪われて、辛いよって、嫌だよって叫んでた頃の自分に見えたんだ。それで俺はいつの間にか動画を撮るのも忘れて、お前を助けに行っていた。
 ……助けないで動画を撮らないとダメだって、撮らないと殺されるってわかっていたのに、気が付けばそうしていたんだ。俺と違って自由を手に入れてないお前を見て、可哀想だと思ってしまったんだ。救ってやりたいと思ってしまったんだよ。そんなことをして動画を撮るのをおろそかにしたら、地獄に逆戻りする羽目になると。やっと手に入れた自由を、失うハメになると分かっていたのに」