「父さん……何してんの?」
俺は父さんの行動が信じられなくて、思わずそう尋ねてしまった。
「零次、帰ってたのか。何って床を拭いてるんだよ。汚れたら綺麗にしないとだろ?」
「そうじゃなくて! なんで母さんが死んだのに普通に掃除なんかしてんの?」
「――俺が殺したからだ」
酷い絶望を突きつけられた。
「なんで……どうしてそんなこと」
「……お前のことで喧嘩になってやってしまったんだ。……殺すつもりはなかったんだが、コイツが『零次を幸せにするためなら、私は何でもする! 貴方なんか怖くない』って言ってナイフをつきつけてきたもんだから、ついな」
言葉を失った。父さんが言ったことがあまりに信じられなくて。
父さんが機嫌を損ねて母さんと喧嘩をするくらいならまだ分かった。そんなのよくあることだし。でもそれで殺したなんてあまりに勝手すぎるし、俺の気持ちを少しも考えてないと思った。
多分母さんがナイフを出したのは、父さんをひるませようとしただけで。きっと父さんを殺すつもりなんか微塵もなかった。
それなのに、父さんはそう解釈しないで、ナイフを奪い取って母さんを殺した。
俺の神様みたいな存在だった人を、一瞬で殺してしまった。
そのことは俺にはかりしれない絶望として襲ってきた。
俺は、母親に自殺して欲しかった。
同情で俺を育て続けるのが嫌になって自殺するか、あるいは俺を捨てて父親から逃げるか。そのどちらを選んで欲しかった。殺されるんじゃなくて。だって殺されたら、証明されてしまうから。同情なんかじゃなくて、母さんはずっと俺を愛してくれてたってことが。愛してくれていたのに殺されたなんて、そんな酷いこと考えたくもなかった。
どうせ死ぬなら、自殺であって欲しかった。
父親の理不尽さと、同情で俺を育てるのに耐えられなくなって死んで欲しかった。
俺を自己犠牲を考えるまで愛したりなんかしないで欲しかった。だってそれで死んだら、元もこもないではないか。
同情でよかった。
愛してくれなくてよかった。
愛してくれなくていいから、ただ生きて隣にいて欲しかった。