――母さんは残酷だ。
 いつも優しくて、誕生日には欲しいモノを買ってくれて、勉強を教えてくれて、テストでいい点を取ると褒めてくれる。
 そんなまさに理想で最高の親だったのに、一年半前から変わってしまった。
 いつもいつも酷い目に遭う俺を見て見ぬ振りして、怪我の手当だけをしてくれる人になってしまった。それまでは父さんに虐待を止めるように言ってくれていたのに。
 辛さを一番わかって欲しい人に、俺は見捨てられた。


「今食べなくていいの? もしかして、食欲ない?」
 母さんは俺を心の底から心配しているとでもいうような顔をして、首を傾げた。
「食欲はあるけど、今はいい。後で食べる」
「涙が止まらないから?」
 母さんは俺の涙を拭いながら、目尻を下げて、悲しそうに笑った。
「やっ、やめろ」
「フフ。ごめんなさいね? お詫びに、ご飯食べさせてあげる」
 母さんは掛け布団を俺の下半身の辺りまでめくってから、俺の背中に腕を回して、身体をそっと起こしあげた。
「ほら」
 母さんはトレイからカレーライスの皿を取ると、スプーンで一口分だけそれをすくって、俺の顔の前に近づけた。
 母さんの偽りの優しさが辛すぎて、泣きそうになる。
 俺は拳を握り締めて、涙を堪えた。
 母さんはご飯を食べようとしない俺を見て首を傾げた。

「もしかして、照れてるの? 別にいいじゃない。誰かが見てるわけじゃないんだから」

 ――違う。

 あんたの優しさが辛いんだよ。
 あんたが俺を愛してないって嫌というほど知ってるから。
 俺は本心を隠して、スプーンの中にある小さなカレーライスを食べた。
 隠したのは、肯定されたくなかったからだ。
 愛してないクセに優しくすんなとか言ったら、きっと謝られる。それだけは絶対に嫌だ。
 だってもし謝られたら、母さんが俺を愛してないのを認めたことになる。それだけは嫌だ。
 俺は臆病だ。
 愛されてないと知っているくせに、本当に愛してないと言われるのが、怖くてたまらないんだ。
「美味しい?」
「……うん」
 ――美味しいに決まっている。
 好きな人が食べさせてくれたご飯が、マズいわけがない。その事実がまた、俺の心をどうしようもなく傷つけた。