「……お母さん、何もかも謝って済むのなら、この世に犯罪者なんていません。お母さんがしたことは、犯罪じゃないです。でも、お母さんは海里の気持ちを、確かに踏みにじったんですよ」
 零次の言う通りだ。
 俺は母さんに大事にされなかった。たった一人の息子なのに。
「ええ、そうよね。本当にごめんなさい、海里。私に海里とやり直したいなんて言う資格ないわよね。でもそう分かっていても、言わずにはいられなかったの。我儘よね、私。……海里、愛してるわ」
 母さんは涙を流しながら、俺を抱きしめた。
 母さんの手は、とても暖かかった。
「今更遅いんだよ! 俺がどんだけ寂しかったと思って……うっ、うっ」
 何もかも遅すぎると思うのに、涙が溢れてくる。それは、心の中にあった愛されたいという叫びが体現されたものだった。“――母さんに愛されたい、愛して欲しい。” そんな想いで、頭がいっぱいになる。心が、母さんからの愛をどうしようもなく欲していた。

 それでも今更、母さんを赦す気になんかなれない。愛されてたのはよかったけど、それと赦すことは別問題だ。もういいよなんて言えない。そう思うのに、俺は「赦さない」ということも、俺を抱きしめる母さんの手を振りほどくこともできなかった。

 ――心は愛に飢えすぎて、とっくに満身創痍になっていた。

「うっ、ああああ、ああああぁぁぁ!!」

 俺は母さんの服を掴んで、声が枯れる勢いで泣いた。母さんは泣いてる俺を、さらに強い力で抱きしめた。

「海里、学費、私が払ってもいいかしら?」
 俺の涙を拭いながら、母さんは囁く。
「いっ、いいけど……母さん、どうやって学費払うの? お金ないのに」
「そうね……。校長先生とか担任の先生にかけあってみるわ。今までのこと全部話して、お金が溜まってから払うんでもいいかって言ってみる」
「えっ」
 思わず声を上げて俺は驚く。
 そんなことをしてくれるなんて思ってなかったから、とてもびっくりした。
「やるだけやってみるわ。海里の為に」
「……ありがとう」
 小さな声で、俺は言った。
「お礼を言うのは私の方よ、海里。泣いてくれてありがとう。本当に嬉しかったわ」
 母さんは俺の背中をそっと撫でてから、抱擁をやめた。
「フッ。よかったです。本当に俺に払わせるつもりだったら、どうしようかと思いましたよ」
 余裕そうに笑って、零次はいう。
 俺は零次のその顔を見て、ある仮説を思いついた。
「……零次、まさか母さんをここに呼んだのは、こうするのが狙いだったのか?」
「ああ。だってそんなか、空だし」
 テーブルの上にあるお年玉袋をあけて、零次は笑う。
 袋の中には、本当に何も入っていなかった。