「……これは?」
お年玉袋を見て、母さんは首を傾げる。
「……ここに、俺のキャッシュカードが入ってます。暗証番号は後で海里のスマフォから連絡します。なので、そこから学費を払ってください」
「いくら入ってるの?」
「百万です」
予想外の額に驚いて、俺は目を見開く。
「零次くん、正気なの?」
母さんが阿古羅を見て、震えた声で尋ねる。
「正気ですよ。俺は海里を幸せにしたいだけです。その為なら何でもするつもりです。貴方みたいに、助けるのが遅いなんて絶対言われない。最高の同居人に俺はなります」
「……れっ、零次」
「お母さん、貴方にはそれくらいの覚悟がありますか? 自分の人生を棒に振ってでも、海里を助けたいという気持ちがありますか? そういう気持ちがないなら、今すぐ帰ってください。貴方に海里はやれません。学費も払えなければ家も見つかってないくせに、会いに来ないでください。俺はてっきりそれくらい準備してから来ると思い込んでました。本気で海里とやり直したいと思っているなら、それくらい易々とやってのける思っていました。だからわざわざフードコートにいる時間を教えたのに、まさかまだ家すらも見つかってないなんて本当にがっかりです」
肩を落として、心の底から落胆した様子で阿古羅は言う。
母さんは大粒の涙を流した。
「……そのとおりね。阿古羅くんの言う通りだわ。私、馬鹿ね本当に。まさか会う機会を作ってもらえると思ってなかったからって浮かれて、まだ一緒に暮らすための準備も何一つできてないのにやりなおそうなんていっちゃって……。今まで本当にごめんなさい、海里。助けないで、あんなに苦しめて、本当にごめんなさい。あんな酷いことをしたのに今更やり直したいだなんて、おこがましいにもほどがあるわよね……。それに、零次君の言う通り一緒に暮らすための準備もろくにできてないんじゃ、うんなんていうハズもないわよね。本当にごめんなさい」
涙で化粧した顔をボロボロにしながら、母さんは謝罪した。
……そっか。母さんは俺が嫌いだった訳じゃないんだ。母さんは決して、俺が傷つくのを見ても何も思ってなかったわけじゃない。俺を愛してなかったわけじゃない。ただ父さんが怖くて、俺を守ることができなかっただけなんだ。――決して、父さんが自分を愛しているのを知っていたから、俺が傷つけられるのを黙認してたわけじゃない。ただ父さんが怖かっただけなんだ。
俺は母さんがこうして謝ってくれるのをどれだけ待っていたんだろう。
どれだけ、母さんからの愛を求めていたんだろう。
……遅い。あまりに遅すぎる。
今更やり直したいなんて、ごめんなさいなんて言われて、受け入れられるわけがない。
そう思っているのに、心のどこかに愛されててよかったと思っている自分がいた。
母さんに謝罪されて、とても嬉しく思っている自分がいた。