「ツンデレじゃない」
「ツンデレだろ。俺の名前滅多に呼ばないし」
口を尖らせて否定した俺をじっと見つめて、阿古羅は言う。
「それは関係ない」
「関係ある。つんつんしてなかったら、もっと呼ぶハズだ」
……違う。俺は決してツンデレとかいう性格なわけではない。
俺は苗字で呼ぶことで、意図的に壁を作っているんだ。
まだ阿古羅がスパイかもしれないという想いを捨てきれてないから。
別に阿古羅を信用してないわけじゃない。
自殺しようとしてた俺を助けてくれたし、一緒に暮らそうって言ってくれたし。それに学費を払うと言ってくれたし。俺はそんな阿古羅に本当に感謝してるし、信用もしている。でも、ぜったいにスパイでないといいきれる証拠がないから、念のために壁を作っているんだ。
「うるさい」
俺はその事実を敢えて口にしないで、ただ阿古羅を罵倒した。もし話して本当にスパイだったとわかったら、この関係が壊れてしまうと思ったから。
その後俺達は一度阿古羅の家に戻って私服に着替えてから、本当に水族館に行った。
受付を済ませて水族館に入ると、五分もしないうちに、左右に大きな水槽がある開けた通路に出た。
「海里、もっと近く行こうぜ」
阿古羅は俺の腕を引いて水槽のそばに向かおうとする。渋々その後について行くと、俺はそこから見える景色に、思わず釘付けになった。
クマノミやエイなど、様々な魚が優雅に水槽の中を泳いでいる。
五年以上久しぶりに見るその光景に、つい息を呑んで夢中になる。視線が、泳ぐ魚達にくぎづけになる。
「海里、水槽軽くとんとんしてみ」
阿古羅が水槽をまじまじと眺めている俺を見つめて言う。
「え? とんとん?」
「そ。こうやって」
阿古羅は右手の人射し指の先を水槽に当てたり離したりした。
「あ」
阿古羅の指に、水槽にいる魚たちが近づいてきた。それはまるで人間が知らないものを見て不思議がって近づくのと同じように。
声を上げた俺を見てにやにやと笑いながら、阿古羅が俺の左腕を顎で示す。
俺はしぶしぶ、左手の人差し指で水槽をとんとんしてみた。すると、同じように水槽にいる魚が何匹も指に近づいてきた。
「……おお」
思わず声を上げる。
……すごい。
「ククッ。面白いだろ?」
魚をじっと見つめている俺を見て、阿古羅は得意げに喉を鳴らして笑った。
「なんで阿古羅がそんな自慢げなんだ?」
「だって俺がお前を連れてきたし?」