「いやー良かったわ。海里が家でていこうと考えてくれて」
うんうんと頷いて、阿古羅は言う。
「え?」
「俺、海里が自殺しようとしたのは正直言って今も頭きてるけど、家を出てくれて本当によかったと思う。家にいるのは嫌だって気持ちが海里の中にあって、本当によかった。だってそれがなかったら、こうやって二人で暮らすこともなかったわけだし。それに、もし家を出てなかったら海里はあのまま母親に助けられもせずに父親に虐待を受け続けていたのかと思うと、気が気じゃねぇもん」
阿古羅の言葉に、思わず目を見開く。
「……ありがとう。そんな風に言ってくれて」
戸惑いながら、俺は礼を言った。
たとえその言葉が仮に俺の弱みを握るための偽善の言葉だとしても、とても嬉しい言葉だと思ったから。
「ん。ところで海里、お前、もしかして不眠症患ってる?」
「え、なんで?」
「昨日の夜うなされてたから。相当苦しそうにしてたから、他人のベッドなのとか関係なくて、ただ単に不眠症なのかと思ったんだけど、違う?」
「……そうだよ」
「いつから?」
「……たぶん、虐待されるようになった直後くらいから。うなされてるのは、虐待の夢を見るのが日常茶飯事になってるからだと思う」
「……そっか。そのうち医者に診てもらった方がいいかもな」
……医者に見てもらうには、母さんと和解をしないとだよな。
「まあ、海里が嫌なら別に行かなくていいと思うけど」
阿古羅は言葉を返せなかった俺を見て何かを察したのか、そんなことを言った。
「……うん。心配してくれてありがとう」
「ん。
海里、嫌いなモノとかある?」
「んー、熱いもので、液体系のはあんま好きじゃないかも」
お茶とか、スープとかいう熱い液体のものは身体のどこかしらにかけられたりしたことが何回かあるから、あんま好きじゃない。
「それ、虐待関係してる?」
「……うん」
「……そっか。じゃあ朝メシのおかずはウインナーは問題ないとして、目玉焼きはやめて、スクランブルエッグにするか」
「え、なんで?」
俺、まだ阿古羅に目玉焼きの話してないのに。
「半熟の目玉焼きって液体っぽいじゃん、ドロドロしてて。海里がそれで大丈夫なら目玉焼にするけど、どうする?」
「……スクランブルエッグがいい」
虐待のことが頭によぎって、俺は阿古羅の問いに浮かない声で答えた。
目玉焼きは好きではない。
十歳くらいの時に父さんに生卵を投げつけられた記憶があるから。半熟の目玉焼きはその時こびりついた生卵の黄味みたいに少しどろどろしてるから、いつも食べようとすると投げられた時の記憶がよみがえってきて、吐き気に襲われる。