「……びっくりして。誰かにちゃんと挨拶されたの一年半ぶりだから」
俺は髪をいじりながら、言葉を返した。
「え、嘘? 母親は?」
目を見開いて、阿古羅は尋ねる。
「……母さんは仕事を掛け持ちしてて、そのせいでいつも数時間しか会えなかったから、挨拶なんてもう全然してない」
「……そっか。海里の母さん、何の仕事してんだ?」
「俺が朝起きる時間よりも早い時間から夕方までスーパーで働いて、夜の十時から夜中の一時くらいまで水商売やってる」
阿古羅はさらに大きく目を見開いた。相当びっくりしたようだ。母親がたくさん働いてるのは、そんなにおかしなことなのか?
「なんでそんな働いてんだ?」
「……俺が十歳の時に父さんが事故起こして、損害賠償金払うために借金を作っちゃって。それで、父さん今もその返済に苦しんでるから、母さんが三人の生活費と俺の学費払ってて」
父さんが保険金目当てで俺に虐待をしていることはわざと伏せた。話したくなかったから。
「それは大変だな。まあ、だからって虐待されてるお前を父親と二人きりにするのは最悪だと思うけど。クソ親だなクソ親」
俺の言葉を聞いた阿古羅は、眉間に皺を寄せてそう言った。
「……でも俺、母さんのこと嫌いになれなかった」
毒親なのに、嫌いになれなかった。
「なんで?」
「……俺、母さんの優しさが好きだったんだ」
いつも笑って怪我の手当てをしてくれて、泣いている俺をいつも抱きしめてくれる母さんが好きだった。好きだったから、その偽りの優しさがどうしようもなく辛かった。
好きだったから、あんなに叫んだ。
愛されたかった。たとえ、何を引き換えにしてでも。
「……お前の母親は悪魔だよ。味方のふりをして助けないのが一番タチが悪いんだ。すげえ心を傷つける」
「……うん、わかってる。でも、嫌いになれない」
「じゃあ、そのうち腹割って話してみれば? そうしたら、だいぶすっきりするんじゃねぇの?」
「……うん」
俺は小さな声で頷いた。