阿古羅は急に顔をしかめた。何かと思って阿古羅が見てる方向に目を向けてみると、ベッドの上に敷かれている紫色の掛け布団がぐちゃぐちゃになっていた。
「うわっ。布団ぐちゃぐちゃだな」
「あ、阿古羅」
 俺はベッドのそばに向かおうとする阿古羅の服のすそを掴んだ。
「ん? どうした?」
 俺の方に振り向いて、阿古羅は首を傾げる。
「これ、足しにして。生活費の」
 ズボンのポケットから財布を取り出して、阿古羅に差し出す。
「あ、いいよ。大丈夫」
 首を振って、阿古羅は笑った。
「え? なんで?」
「その金は生活費として使わなくていいから、好きなモノでも買えよ。その方がお前のためになる」
「でっ、でも……」
「大丈夫、金ならあるから」
 阿古羅は笑って、俺の頭を撫でた。
「……ありがとう」
 俺は戸惑いながらも礼を言って、財布をしまった。
 俺達はそれからすぐに歯を磨いて、俺はベッドで、阿古羅はクローゼットにしまってあった寝袋で寝た。
 ちなみに寝袋も紫だった。
 やっぱり紫が多すぎる。

 ピーッ。
 けたたましい機械音が、俺の意識を呼び覚ました。
「んっ」
 窓から照り付けてくる朝日が眩しくて、俺は目をこすりながら開けた。
 ……今、何時だ。
 俺は枕元にあったスマフォの電源を入れて、時間を確認した。朝の十時をすぎている。

 ――十時?

 マズい。早く学校行かないと、父さんに殴られる! 
 俺は慌ててベッドから飛び起きた。するとあまり見覚えのない部屋の景色と、キッチンにいる阿古羅の後ろ姿が目に入った。
 ……ああ、そうだ。
 ここは俺の家じゃない。地獄じゃないんだ。
 俺は昨日の夜中、やっと地獄から解放されたんだ。
 ……ここが楽園みたいな世界かどうかは、まだわからないけれど。
「あ」
 部屋の中央にあるテーブルの上に、白猫のぬいぐるみが二つ置いてあった。
 どうやら昨日、俺が気付かないうちに阿古羅が拾っていたらしい。
 ――監視カメラはもう取ったのだろうか? 
 俺はベッドから降りて、テーブルのそばに行った。

 右側にあるぬいぐるみのカメラが外されていて、代わりに黒いボタンが縫い付けてあった。ボタンはだいぶ雑に縫われていて、今にも取れそうになっていた。
「クスッ」
 つい笑みがこぼれた。どうやら、阿古羅はあまり手先が器用ではないらしい。まあ、俺も裁縫なんて授業でしかやったことないから、人のことは言えないけど。
「おはよう、海里」
 炊飯器のそばにいた阿古羅が俺の方に振り向いて、笑いながらいう。
「おっ、おはよう」
 驚きながら、俺は挨拶を返した。
 びっくりした。父さんはいつも怖い顔でしてくるか、あるいはしてくれないかのどっちかだし、母さんは父さんが事故を起こしてから仕事を沢山するようになったから、朝起きたら家にいないのが大半で、ロクに挨拶をしてなかったから。
「どうした? そんな驚いて」
 阿古羅が不思議そうな顔をして俺に近づいてくる。