「とっ、父さん、もう……やめて」
「ああ、やめてやるよ。お前がちゃんとこれを舐めきったらな」
父さんは俺の顔のそばにお椀を置いて、楽しそうに笑った。
お椀の中には、赤ワインが注がれていた。
「犬みたいに舌で舐めろ。これを舐めきったら、家に入れてやる」
……犬みたいに、か。
俺を傷つけることに父さんは躊躇がない。いつもいつも俺を苦しめることしか父さんは考えてない。そのためならどんなことでも迷わずやるんだ。
「早く舐めろ」
「うっ!」
脇腹を何度も蹴られて強要される。
俺は舌ベロを出して、ワインを舐めた。
「ゴホッ、ゴホゴホッ!!」
ワインを吐いた。
苦い。気持ち悪い。
「どうした? 早く舐めろよ。十分で舐めないと、後一時間閉じ込めるぞ」
父さんがもう一度俺の脇腹を蹴って、低い声で囁く。
「わっ、わかった」
慌ててそう言うと、父さんは満足そうに笑って、蹴るのをやめた。
俺は深呼吸をしてから、もう一度舌ベロを出して、ワインを舐めた。
「アハっ、アハハハハハ!!」
父さんは近所に声が聞こえないように口を手で隠しながら、声を上げて笑った。
俺を嘲笑うその声が、やけに大きく聞こえた。
俺は醜態をさらしているのが嫌になって、舐めるのを今すぐやめたくなった。
だが、恥より飢えが勝った。
恥ずかしいと思うのに、それとは裏腹に舌が動く。まるで餌に飢えた犬や猫のように高速で舌を動かして俺はワインを舐めた。
嫌だと思うのに、馬鹿にされたくないと何度も思うのに、舌の動きは止まらない。
俺は十分どころか、五分くらいでワインを舐め終わってしまった。
「アハハハ! よくやった海里! それじゃあ部屋に戻っていいぞ。早く舐めたご褒美に、飯も食わせてやる」
そういうと、父さんは笑いながらガレージを出て、家のドアの鍵を開けて、中に入っていった。
どうやら、俺の態度に相当満足したらしい。
俺は壁に手をやってどうにか起き上がると、床に放っていたブレザーを雑に羽織ってから、鞄を肩に掛けて家のドアのそばまで歩こうとした。
歩き始めてから、違和感に気づく。怠い。父さんにいじめられたせいで気分が悪くて、足がおぼつかない。
「……っ」
ワインが胃からせり上がってきて、猛烈な吐き気に襲われる。
俺は慌てて家の中に入ると、鞄を玄関のそばの廊下に投げて、靴を脱いでトイレにかけこんだ。
「うっ」
口から一気にワインが溢れ出す。
……消えない。まだワインが胃に残ってる。
口の中に指を三本くらい突っ込んで、吐ききれなかったワインを無理にもどして、便器にぶちまけた。
「うえっ……」
胃が逆流して、腹が悲鳴を上げる。
ワインと一緒に、黄色い胃液が出てきた。
気持ち悪い。最悪の気分だ。