「もう二度と死のうとすんなよ」
阿古羅はまた天使のような声色で囁いた。
「うん」
俺は涙を拭いながら頷いた。
「絶対だぞ。俺はもう誰も失いたくないんだから」
俺の頬を触って、阿古羅はいう。
予想外の言葉に驚いて、思わず涙が引っこんだ。
「阿古羅、其の言い方はまるで」
「――前に誰かが死んだみたいだってか? そうだよ。俺は母親を失くした。母さんは、俺の目の前で自殺した。だから人が死ぬのがすげぇ怖いんだ」
言葉を失う。
――随分今までいってたことと行動に説得力がある言葉だ。
これがもし嘘だったら、俺はどうしたらいいんだろう。
俺は阿古羅の俺を抱きしめる手が、小刻みに震えているのに気づいた。この態度すらも嘘だったら、どうしたらいい?
――怖い。
全部嘘だったらと思うと、怖くて仕方がない。
俺はそんな気持ちを押し殺して、決して怖がってるのを悟られないように振る舞った。
自殺しようとしてごめんと、何度も何度も謝った。
嘘でもいいから一緒にいたいと、この温もりが無くなったら嫌だと思ったから。
再びタクシーを呼ぶと、その運転手は、さっき金を要求しなかった人だった。
「君、自殺やめたのか?」
窓を開けて、運転手は言う。
「じゃあこれは返す」
そう言うと、運転手は俺に一万円札を差し出してきた。
「あ、いいです。……今回の会計をそれにしてください」
「わかった。それならおつりは目的地に着いた時に渡す」
そういうと、運転手は一万円札をポケットに入れた。
「海里、お前、金なんか持ってたのか?」
阿古羅が首を傾げて聞いてくる。
「……父さんの盗んだ」
俺は運転手に聞こえないよう、小声で言葉を返した。
「へーえ? やるじゃん」
阿古羅はそういって、ウィンクをして楽しそうに笑ってから、タクシーの後部座席のドアを開けた。
「どこにいくんだ?」
俺は運転手の言葉に答えないで、阿古羅を見た。
「海里、家に服とかとりに行かなくていいよな?」
「いっ、いい。行きたくない。でも、鞄家にある」
「それはスクバ買いなおせばいいから大丈夫だろ。指定もないし。教科書とノートは置き勉してるか?」
「うん。だいたいは」
「じゃ、とりあえず俺の家に行くか!」
阿古羅はそういって、また俺の頭を撫でようとして、手を上にあげた。
俺は何も言わず、阿古羅の手を握る。
「えっ?」
阿古羅は信じられないというような顔をして、俺を見つめた。
「……これが限界」
「アハハハ! わかった! じゃあ始めるか! 楽しい逃亡生活を」
阿古羅は手を握り返すと、とても嬉しそうに笑った。
「……うん」
今にも消えそうな声で、俺は頷いた。



