「だって助けるって言っただろ」
阿古羅は俺の右手を握って、口元を綻ばせた。
「確かに言われたけど……」
弱々しい声で呟く。
助けるにしたって限度があるだろう。こんなに親切にしてくれるなんて、絶対に可笑しい。何か裏があるに決まっている。やっぱりスパイなのか?
「俺がお前を助ける。俺がお前を地獄から救い出すから。だから、黙ってついてきてくれないか? 今よりはよっぽどいい生活させるから」
俺は何も言わず、阿古羅から目を逸らした。
どうすればいいのか、わからなかった。
もしスパイだったらその言葉を信じたら地獄に落ちるんじゃないかとか嫌な想像ばかりが頭を過って頷けなかった。頷けないからといって首を振ることもできなかった。
首を振ったら、もっとひどい地獄に落ちると分かっていたから。
「俺がお前を守るから。黙って守られとけよ。な? もう二度と死にたいなんて思わせないから」
右手で背中を撫でられ、天使のような優しい声色で囁かれる。
「……本当に、守ってくれんの? 俺、多分今死なないと、父さんに無理矢理連れ戻されたり、嫌がらせで学校退学にさせられたりすると思う。そういうのから本気で守ってくれんの?」
「ああ、守るよ。お前が死なないためなら、俺はなんだってするよ。お前があのクソ親から逃げたいって言うなら一緒に逃げるし、退学だってなんとかしてやる」
その言葉だけで、もうダメだった。
俺は父親がいるこの世界が地獄だと思ったから自殺を選んだ。そんな俺に居場所を提供してくれるだけでなく、本気で父親から守ると言ってくれただけで、もうダメだった。
なんでそんなことまでしてくれるんだとか、見返りなんて用意できないのに泊まっていいのかとか、スパイじゃないのかとか、聞きたいことはたくさん山のようにあった。
でもそれを聞く前に、涙がとめどなく溢れた。
俺は阿古羅の胸に顔を押し付けて、声を押し殺して泣いた。
こいつの不可解すぎる行動の理由を考えるのを放棄して、ただただ泣いた。
もし聞いて、こんなに親切にしてくれる理由が〝俺の父親に、弱みを握るよう言われたから〟とかいうのだったら絶対嫌だと思ったから。
そんなことを言われるくらいなら、最初から聞かない方がいいに決まっているから。