ああ、そうか。
 多分最初から、父さんは保険金のために母さんを殺す気なんかなかったんだ。多分最初から、父さんは母さんを苦しめるつもりも、殺すつもりもなかったんだ。離婚を切り出されても、母さんを生かすつもりだったんだ。
 そう思っていたから、俺に「死んでくれ、海里。お前が死んでくれれば、その保険金で俺と母さんはもっと裕福に暮らせる。もっとちゃんとやっていけるようになるんだよ。だから海里、俺の為に死んでくれ。それがおまえができる一番の親孝行だよ」といったんだ。

 最初から、父さんは俺だけを金に換えようとしていたんだ。つまり俺が逃げても、母さんはひどい目に遭わない。父さんが逃げた俺を必死で探すようになるだけなんだ。

 よく考えたら、分かることだった。
 そもそも何で俺ばかり殺されそうになって、母さんは殺されそうにならないのか。金のためにどちらかを殺したいだけなら、そんな差別起こるわけがなかった。
 俺はその事実に全く気付いてなかったんだ。
 たぶん、母さんも気づいてなかったんだろうな。気づいてたら、とっくに父さんと離婚してたハズだし。
 ……いや、果たして、本当にそうなのか? 
 もしかすると、母さんは自分が愛されているのを知っていたから、離婚を切り出さなかったんじゃないか?
 でも、もしそうだとすると、俺は母さんにどれだけ愛されてないんだ?

「ハハ、ハ……」
 あまりに酷い事実に絶望して、思わずから笑いが漏れた。
 俺は溢れそうになった涙を必死で堪えて、カードにあった金を限界まで引き落とした。
 十万くらい引き落としたところで、残高が数百円になった。
 これは復讐だ。俺なりの。父さんが俺にしたことに比べればかなりちっちゃいが、それでも俺が父さんを地獄に突き落とすことができる唯一の方法。
 母さんと仲良く暮らすのなんて、絶対に許さない。俺があんたを地獄に突き落としてやる。
 俺は引き落とした金を財布に雑に突っ込むと、コンビニのイートインスペースに座って、タクシーを呼んだ。高校生というと補導されかねないから、社会人だと嘘をついて。