ニートの父さんと学生の俺を養うのは、虐待を見て見ぬふりをしてでも働きに行かないと無理だから。
そんなにたくさん働くくらいなら父さんと離婚をして俺と二人で暮らすのを選んでくれればいいのに、母さんは絶対にそうしてくれない。
母さんの選択肢の中に、父さんと離婚して俺と暮らすというのはない。
それがない理由は、恐らく、母さんが『離婚を切り出したら、俺みたいに手酷い暴力を受けることになるんじゃないか』と考えているからだ。
多分その考えは、あながち間違ってない。
俺が苦しめられているのは、学生の俺は母さんより家にいることが多いから苦しめやすいと思われたからで、別に父さんが母さんより俺を苦しめたかったわけではないハズだから。死亡保険金は俺が死んでも母さんが死んでも入るから、そのハズなんだ。
離婚をしようとすると、その苦しめやすさの順位が変わるんだ。
俺をどちらが育てるのかとか、今の家はどちらのものにするのかとか、そういうのを話し合うために必然的に母さんは俺より父さんといることが多くなって、父さんにとって俺より苦しめやすい人間になってしまうんだ。
そうなるのを恐れているから、母さんは離婚を切り出そうとしない。
母さんは、俺を切り捨てる。俺が傷つくのを見て見ぬ振りする。
――俺を、見殺しにする。
「はぁっ、はぁ……」
俺は脱いだYシャツを腰に巻いて、ガレージの床のタイルの上に死体のように寝そべっていた。
閉じ込められてから、三時間が過ぎた。
熱さで気がめいる。頭がクラクラして、気絶しそうになる。
「はぁ……。あっつ。……お腹、すいた」
小遣いを父さんから一円ももらえなくて、昼食を食べれなかったからだ。
小遣いは母さんからももらえなかった。母さんは俺が朝起きる前に仕事に行くから。
昨日も一昨日もそうだった。いや、一昨日昨日今日どころの話ではない。俺は一年半前から毎日当たり前のように昼飯を抜かれている。
うだるような暑さと、もの凄い空腹で頭が可笑しくなりそうだ。
――ガチャ。
「死にそうだな、海里」
父さんが鍵を開けて、ガレージの中に入ってくる。
父さんは、黒いお椀を持っていた。
お椀から、ワインのような匂いがした。
まさか、俺はワインを飲まされるのか?