「じゃあ死ぬか、海里」
 そう言うと、父さんは道路に人気がないのを確認してから、俺を車道の手前まで連れて行った。
「まっ、待って……父さん、俺、死にたくないっ」
「命乞いもここまでくると面白いな。分かった。そんなに生きたいならお前にチャンスをやるよ」
 そういうと、父さんはニヤリと笑った。
「チャンス?」
 一体何をさせようとしてるんだ?
「海里、お前、俺の親父のことは覚えてるか?」
 じいちゃん?
『海里、今日は何して遊ぶ?』
 じいちゃんの声が、頭をよぎる。
 俺はじいちゃんにもう五年も会っていない。
 虐待をされるまで、俺は父さんの実家で五人で暮らしていた。
 母さんと父さんと、俺とじいちゃんとばあちゃん。それで五人。
 じいちゃんとばあちゃんは優しくて、孫の俺をとてもかわいがってくれた。毎日毎日、へとへとになるまで一緒に遊んでくれた。
 そういう人達だったから、父さんは虐待を始めるとすぐに新しい家を買って、俺をじいちゃんとばあちゃんから離れさせた。
 虐待がバレたら、毎日喧嘩をする羽目になると思って。
「覚えてるけど……?」
 じいちゃんがどうしたんだ? 何で急にじいちゃんの話なんてするんだよ。
「今から親父に電話をかけてやるから、親父に選ばせろ。金か、孫の命かを」
「は?」
「俺の借金の保証人は親父なんだよ。つまり、親父が今すぐにでも金を払えば、お前は死なずに済む。親父にいえ。今自分が死にそうだってことと、親父が借金を肩代わりすれば、自分は助かるってことを」
「本気で言ってんのか?」
 じいちゃんは七十代で、年金で生活している。そんなじいちゃんに、金か俺の命かを選ばせろって? 
「ああ。ほら、さっさと話せ。タイムリミットは一分だ」
 そういうと、父さんはズボンのポケットからスマフォを取り出して、それを十秒ほど操作してから、俺の足元に置いた。
 スマフォには、じいちゃんとの通話画面が表示されていた。
『もしもし』
 じいちゃんの声がスマフォから聞こえてくる。
 どうすればいい。 
 年金で生活してるじいちゃんが借金の肩代わりなんてしたら、ただでさえ決して裕福ではない生活が余計苦しくなるに決まっている。そんなの想像するだけでいやだ。
 でも……。
「なーんてな。アホか。俺がお前にチャンスなんてやるわけねえだろ、この馬鹿が!!」
 そういうと、父さんは通話を切り、スマフォをポケットにしまって、笑った。
「ふざけんなっ! このクソ親父!!」
 大声で叫んだ俺を、父さんは嘲笑した。
「フッ。じゃあな、海里。あの世で幸せに暮らせるといいな」
 父さんは背中を蹴って、俺を車道に投げた。
 あーあ、このままじゃ俺が事故で死んだことにされちゃうな。俺が親の本意で殺されたという事実がもみ消されてしまう。でももう、身体中が痛くて、何もできやしない。
 ――ゲームオーバーだ。
 クソ。
 なんで俺だけこんな目に遭う。何で母さんは助けに来ない。なんであいつは実の子供にこんなことができる。なんで俺はこんなに苦しまなきゃいけない。なんでなんで。頭の中が、『なんで』という言葉でいっぱいになった。理由を説明されたところで納得できるわけでもないくせに、その言葉でいっぱいになった。
 前から車が迫ってきた。
 ああ、もうダメだ。
 そんなことを思った刹那、俺の意識は途切れた。