「……海里」
阿古羅が俺の髪を見つめて、悲しそうな顔をする。
俺は慌てて髪をいじって、剥げているところを隠した。
「海里、怖いからって自分の意志を殺すな。猫になれ。気まぐれな猫のように、自分の意志を貫いて生きろ」
阿古羅は俺にぬいぐるみを渡して、優しそうな顔をして笑う。
「猫のように……」
手に持っているぬいぐるみを見ながら呟く。
気まぐれな猫のように自由に生きることなんて、俺にできるのだろうか。
「それやるよ。お前に」
「え? いいのか?」
予想外の言葉に驚いて、俺は聞き返す。
「おう。だってお前にそっくりだし」
――そっくり?
「……どこら辺が?」
眉間に皺を寄せて、俺は尋ねる。
「白くて、何色にも染まってないところが」
ほんの少しだけ笑ってから、阿古羅はいう。
何色にも染まってない。
阿古羅の言う通りなのかもしれない。
自分の死にたくないって想いをずっと蔑ろにして父さんの言う通りにしてきた俺は、確かに何色にも染まれていないのかもしれない。
俺は、何も言わずに顔を伏せた。
「お前は白って、どんな色だと思う?」
阿古羅は下を向いている俺に目線を合わせて、首を傾げる。
「えっと……綺麗な色? 純粋みたいな感じがする」
「そうだな。確かに綺麗で純粋な色だ。でも俺は、悲しい色だとも思う」
「悲しい色?」
阿古羅の言葉がぴんとこなくて、俺は首を傾げた。
一体どういう意味だ?
「ああ。だって何色にも染まってないってことは、染まりたいって意志がないってことだろ。お前はもう二度とそんな風になるな。もう二度と、自分の意志を殺すな。このぬいぐるみを見るたびに意志を殺したらダメなんだって自分に言い聞かせろ」
阿古羅はそう言って、俺の背中を撫でた。
「これは嫌じゃない?」
俺の背中を撫でながら、阿古羅は恐る恐る尋ねる。
「……うん。ありがとう」
俺はぬいぐるみをぎゅっと掴みながら答えた。
「捨てんなよ?」
「うん!」
俺は冗談めかす阿古羅を見て、心の底から笑った。
「おっ、いい顔すんじゃん。いつもそうやって笑ってろよ」
阿古羅が俺に笑いかける。
俺は何も言わず、顔を伏せた。
――地獄にいるのに、いつも笑えるわけない。