「かーいーりー!」
 その日の放課後。
 教室で帰り支度をしていると、廊下にいた阿古羅に大声で名前を呼ばれた。

「え? 井島ってチャラ男と仲良いのか?」
 俺の前の席にいる佐藤が、阿古羅を見ながら言う。
 阿古羅ってチャラ男って呼ばれているのか。……俺だったら絶対嫌だな。
「いやそんなことな……」
「聞こえてんだよ馬鹿!」
 教室に入ってきた阿古羅が俺の隣に来て、手を上にあげる。俺は反射的に、顔を手で隠した。
「えっ、井島どうした?」
 佐藤が首を傾げて言う。
「……なんでもない。阿古羅、来て」
「おー」
 俺は手を下ろすと、鞄を肩に掛けて、阿古羅の腕を引いて教室を出た。
 俺は廊下の人気のないところまで歩いてから、阿古羅の腕から手を離した。
「……頭触ろうとするのクセ?」
 俺は髪をいじりながら言った。
「ああ。母親によくしてもらってたから、ついやっちゃうんだ。でも海里がそんなに嫌なら、これからはしないようにする」
 俺を見て、阿古羅は作り笑いをする。
「……いいよ、しなくて。頑張って、拒否しないようにするから」
 父さんや母さんでもないのに、撫でられるのを拒否するのなんて良くないと思った。

「え? 本当か?」
 阿古羅はゆっくりと俺の頭に手を近づける。
 身体が震えて、俺は思わず目を瞑った。
「フッ。海里は可愛いな」
 阿古羅が手を下ろして言う。

「はあ?」

 聞き捨てならない言葉に驚いて、俺は眉間に皺を寄せる。
 かわいいって、俺は女子か!
「すげぇ素直で、可愛い」
「なっ!? ……うっさい!」
 素直だなんていわれたのすごい久しぶりで、小っ恥ずかしくて顔が赤くなった。
「ククッ。照れてんのか?」
 阿古羅は笑いながら、俺の顔を覗きこんだ。
 図星だった俺は、つい阿古羅から目を逸らした。
「そっ、そんなことない」
「ふーん? お前さ、これから用事とかある?」
 阿古羅は俺を見ながら、本当に?とでも言うように首を傾げてから、急に話題を変えた。
「……ない、けど」
 目線を下にやって、小さな声で言う。
「けど?」
 阿古羅は目線を俺に合わせて聞き返した。
「……早く帰んないと、父さんに警察に行ったんじゃないかとか、あらぬ疑いをかけられて、めちゃくちゃ暴力振るわれる」
「……海里、本当に俺んち来ないか?」
「……いかない。金ないから、居候になるし」
 俺は慌てて否定した。