「……自分を大切にしろ、海里」
俺の背中を撫でながら、阿古羅はそう天使のような優しい声色で囁いた。
「自分を、大切に……?」
涙を拭いながら、阿古羅の言葉を繰り返す。
「ああ。ただやられるんじゃなくて、危ないと思ったら逃げたり、時にはやり返したりしろ。そうやってちゃんと自分を守れ。あのクソ親の横暴さを受け入れるな。横暴なのが当たり前だと思ったら終わりだと思え。殴られたらちゃんと反抗しろ。治療費を払ってもらえないのも受け入れようとするな」
思わず目を見開く。
そんな風に言われたこと一度もなかった。
「……受け入れたら駄目なのか?」
「ダメに決まってんだろ! お前、何もかも父親の言う通りにしてきただろ! 最低限しか虐待を受けないために、自分の想いとか全部おさえ込んで、自分のこととことん蔑ろにしてきたんだろ! そうしてきたから、さっき死んでもいいいとか言ったんだろうが! そんな生き方間違ってんだよ!」
阿古羅は俺を睨みつけて、声を上げた。
「……だって俺なんか、誰にも大切にされてないし」
「ああ、そうだったんだろうな今までは。でも、今は違う!」
俺のやせぎすの腕を握って、阿古羅は叫んだ。
「俺はお前を大切にする。絶対だ。約束する。だから海里、危ないと思ったらちゃんと逃げろ。生きたいなら、ちゃんと生きようとしろ。どうしても耐えられなくなったら、俺が助けに行ってやるから」
目を見開く。
阿古羅が、助けに……?
誰かにそんな風に言われたのなんて、初めてだった。
父さんはいつもいつも死ね死ね言ってきて、母さんはいつだってそんな父さんから俺を守ろうとはしてくれなかった。
それなのに、なんで阿古羅はそんな風に言ってくれるんだ。
「……で。何で阿古羅は、俺をそんな大事にしようとしてくれんの?」
大切に、大事に丁寧に扱われたことなんて一度もなくて。ただただ俺は戸惑った。
「……知ってるから。知り合いが死ぬときに味わう絶望を」
「は……?」
予想外の言葉に驚いて、俺は息をのんだ。
……こいつもなにかあったってことか?
阿古羅は戸惑う俺を見て、暗く、悲しそうな瞳をして笑った。その瞳は暗くて、闇が
ある感じがした。
……一体コイツは、何を抱えているんだ?
「とにかく約束しろ。ちゃんと自分のこと守るって。な?」
阿古羅は戸惑っている俺を笑った顔で見ながら、右手の小指を前に出した。
「何?」
「指切り。したことくらいあるだろ」
「……わかった」
俺はしぶしぶ、自分の左手の小指を阿古羅の小指と絡めた。