――怖い。
死ぬのは怖い。
本当は死にたくない。
「口で言うのは簡単だ。思うのも簡単だ。死にたいって四文字で、大して難しくもない言葉だしな。……でも、それを本気で思っている人なんかいないんだよ。もし思ってたとしたら、それは環境のせいでそう思い込んでるだけなんだよ」
はさみをポケットにしまってから、阿古羅は俺の首をそっと、丁寧に触わった。その手つきは、まるで大事なものを触っているかのように優しかった。
「あ……」
思わず声が漏れる。
そんな風に触られたのは、凄い久しぶりだった。
「今もし首を絞められたら、どうなるか考えてみろ。息が出来なくなって死ぬことになったら嫌かどうか考えてみろ」
言われた通り想像してみると、ひどい恐怖にかられた。
「ほら。そうなるのは嫌だろ? それがお前が死にたくないと思っている証拠だ。死にたくないなら、そんな風に言うな」
阿古羅は俺の顔を見ながら、得意げな様子で言う。
きっと、相当ひどい顔をしているのだと思う。
ああ、そうだ。
俺は死にたいと思っていたんじゃない。そう言い聞かせていたんだ、自分に。
耐えなきゃダメだって、自分を大切にしたらダメだって言い聞かせてたんだ。だってそうしないと、欲が出てしまうから。逃げられないのに逃げたいと考えるようになってしまうから。そうならないために、いつも自分を押さえつけて、意志を殺して生きてきたんだ。そうやって、聞き分けのいい操り人形にならなきゃと思って生きてきたんだ。
……本当は死にたくないって、生きたいって思ってたのに。
「うっ、うっ……」
涙がとめどなく溢れる。
本当は、ずっと誰かに助けてもらいたかった。
本当は、母さんにもっと大切にされたかった。
本当は、母さんに「あんたが身代わりになって俺のために死ねよ!」って叫んでやりたかった。
この地獄から解放されたかった。
本当は、死ぬのも父親から虐待を受けるのも嫌だった!
言葉にならない声を発しながら、俺はただただ涙を流した。
虐待でできた身体中の傷と心の痛みが涙に次々と変換される。
それは拭っても拭ってもとまらなくて、気が付けば俺は赤ん坊のように声を上げて泣きじゃくっていた。